発車標のもう一行
「行き先は、必ず二度確認してください」
駅員の岩崎美琴は、新人だった小野寺聡太に最初にそう教えた。
五年後、聡太は誰より案内が正確になり、美琴が遅番の日には発車標の下で待つ人になった。帰る路線は違うのに、改札まで並んで歩く。そこで「お疲れさま」と別れれば、同僚の範囲を越えずに済んだ。
聡太の転勤先は、特急で二時間離れた小さな駅だった。最終勤務日、美琴は彼の案内札を引き継ぎ棚へしまい、制服の名札を受け取った。
新人のころ、聡太は方面を言い間違え、美琴に何度も発車標を指さされた。今では遅延時にも落ち着いて乗客を導き、美琴が声を枯らせば代わりに放送へ入る。彼の成長を一番近くで見てきたことが誇らしく、同じくらい、次の駅では自分がその隣にいないことが悔しかった。
「次の駅でも頑張って」
自分で言った言葉が、構内放送より遠く聞こえた。
退勤後、二人は最後に発車標を見上げた。聡太が乗る列車まであと十分。美琴がいつもの改札で立ち止まると、彼はポケットから細長い紙を出した。
路線検索の印刷だった。今の駅から転勤先へ向かう経路が、月ごとに四つ並んでいる。出発地と到着地は交互で、片方だけが通う形ではなかった。
「確認、お願いします」
美琴は一行目を見る。来月、聡太がこちらへ戻る。二行目は美琴が向こうへ行く。その下には、途中の温泉駅で待ち合わせる予定まであった。
「行き先が書いてありません」
美琴が言うと、聡太は首をかしげた。
彼女は余白へ《美琴と聡太》と書いた。紙を返さず、自分の定期入れへ入れる。
発車ベルの予告音が鳴った。聡太が手を差し出す。別れの握手だと思いたくなくて、美琴は指を絡めたまま改札を通った。
「入場券、買ってませんよ」
「駅員なので、見送りくらいできます」
「どこまで?」
美琴はホームへ続く階段を一段上がる。
「今日は列車まで。来月は、その先まで」
扉が閉まる直前、聡太が初めて「美琴」と呼んだ。
行き先は、必ず二度確認する。
一度目は駅名を、二度目は誰に会いに行くのかを、二人は確かめた。