白い手形
父が再婚してから、娘は廊下の壁へ写真を飾らなくなった。
亡くなった母の写真を出せば、新しい妻を困らせる。
しまえば、母を忘れるようで嫌だった。
ある日、新しい妻が押し入れを整理し、母の古い裁縫箱を誤って捨てた。
回収日は過ぎ、箱は戻らなかった。
娘は泣きながら怒鳴った。
「お母さんの物を消したかったんでしょう」
新しい妻は否定した。
父は間へ入り、
「わざとじゃない」
と言った。
その言葉が、娘にはさらに腹立たしかった。
わざとでなければ、悲しくないことになるのか。
数日、家族はほとんど話さなかった。
廊下の白い壁に、小さな子どもの手形が一つ現れた。
絵の具でも汚れでもない。
拭いても消えず、光の角度でだけ白く見える。
その家では、誰かが本当に相手を許した夜、壁に小さな白い手形が増えた。
だが今は、誰も許していない。
娘は手形を見て腹を立てた。
「誰が許したの」
新しい妻が答えた。
「私かもしれない」
彼女は、娘にひどいことを言われたのを許したという。
「でも、あなたに許してもらったとは思ってない」
娘は予想外の言葉に黙った。
父も言った。
「私は、自分が止められなかったことをまだ許してない」
誰かを許すだけでなく、自分を許したときにも手形が付くのかもしれない。
新しい妻は、裁縫箱の代わりを買わなかった。
似た物で埋めればよいとは思わなかったからだ。
代わりに、回収業者へ何度も連絡し、倉庫を探してもらった。
箱は見つからなかった。
ただ、中に入っていた一部の布切れだけが別袋から戻ってきた。
娘はその布で、小さな巾着を縫った。
新しい妻は裁縫が苦手で、糸を何度も絡ませた。
二人で作った巾着は歪み、母の裁縫箱とは何も似ていない。
完成した夜、娘は言った。
「まだ悲しい。でも、消したかったんじゃないって分かった」
新しい妻は、
「許してくれる?」
と聞かなかった。
「悲しいままでいい」
と答えた。
翌朝、白い手形がもう一つ増えていた。
最初の隣に、少し小さく。
家族は手形を塗りつぶさなかった。
母の写真も、廊下へ一枚だけ飾った。
その隣に、三人で縫った歪な巾着を掛けた。
許すことは、失った物を元へ戻すことではない。
悲しみをなかったことにせず、同じ壁に新しい場所を作ることだった。