白い管の向こう側
死霊術師ノクスに与えられた辺境の土地は、元は小さな保養地だったらしい。
浴槽も更衣小屋も残っている。だが源泉から伸びる白い陶管は途中で詰まり、湯船はからからに乾いていた。
「戦場では千体動かせたのに、今日は一本の管か」
ノクスは肩をすくめた。
彼は骨兵を一体だけ呼び出した。名をホネロクという。
戦場では壊れれば次を呼べと言われたが、ノクスは一体ずつ名前をつけ、欠けた骨を補修してきた。その姿勢が非効率だと疎まれたのだ。今日も管を割らず、ホネロクの指を折らず、詰まりだけを取る。勝敗も死者数もない仕事ほど、彼には慎重になる価値があった。細い腕なら管の中へ入るが、力を入れすぎれば陶器が割れる。
ノクスは片側から温泉水を少しずつ流し、ホネロクには布を巻いた棒を押させた。白い鉱石の塊が、少し進んでは止まる。
「右へ半回転。そこで待て。押すなよ」
骨兵はかたかたと顎を鳴らす。
日が傾くまで、それを繰り返した。出口から落ちた鉱石片は、抜けた乳歯のように白く積もった。一本の管が少しずつ空洞へ戻る感触が、棒を通して手に伝わる。最後にノクスが出口側から鉤を入れると、石灰の塊がずるりと抜けた。
直後、湯が勢いよく噴き出す。
ホネロクの頭蓋が水圧でころころ転がり、乾いた浴槽へ落ちた。そこへ温泉が満ち、頭蓋だけが湯面にぷかりと浮かぶ。
「いい湯か」
かた、と歯が鳴った。
ノクスも湯へ入り、浮いた頭蓋を縁へ戻した。湯気は白く、石と古木の匂いがする。隣の焚き火では茸のスープが煮え、黒胡椒の香りが鼻をくすぐった。
戦場司令部からの黒い封書が、蝙蝠に運ばれて届いた。
『北方戦線が崩壊寸前。死霊軍団を再編せよ』
ノクスは封を開けず、茸を匙ですくう。ホネロクには湯船の縁で乾燥させた薪を一本持たせた。
「軍団は休業だ。今夜の任務は、鍋の火を絶やさないこと」
骨兵は胸を張り、薪を火へ足した。
ぱちり、と火の粉が上がる。白い管の向こうからは、誰の命令も受けない湯が、絶えず流れ続けていた。