白い錠剤は二つ

 夕食後、父の禎司は薬包から白い錠剤を二つ掌へ出した。

「白いのは全部同じだろ」

 紗英の呼吸が止まった。

 前の人生でも、父は同じ冗談を言った。残業帰りで疲れ切っていた紗英は、包装を見もせず「そうそう」と流した。翌朝、父は洗面所で倒れた。病院で渡された薬の一覧を見て、同じ成分の錠剤が二重に入っていたと知った。

 調剤ミスは認められた。謝罪も賠償もあった。それでも父は帰らなかった。紗英は仕事を辞め、薬の刻印を調べ続け、ついには薬剤師になった。誰かの父を救うたび、自分の父だけが取り残されたように感じた。

 目覚めると、紗英はまた二十九歳で、食卓には同じ鯖の煮付けと薬包がある。

「白いのは全部同じだろ」

「同じじゃない。見せて」

 以前とは違う返答に、禎司は肩をすくめた。

 紗英は錠剤の刻印をスマートフォンで拡大し、処方箋と照らした。一包に入るはずのない番号が、二つ並んでいる。薬局へ電話すると、受話器の向こうが急に慌ただしくなった。

『その薬は服用しないでください。同じ時間帯に作った分を確認します』

 十分後、薬局長が家へ駆けつけた。機械の設定が一段ずれていたという。禎司の分だけでなく、まだ配達前の袋もすべて回収された。父一人を救うための確認が、見知らぬ家々の朝まで守った。

 薬局長が何度も頭を下げる横で、禎司は二粒の錠剤を見つめた。軽口の裏から、遅れて恐怖が浮かぶ。

「お前、昔から細かいな」

「細かくていい。生きて文句を言って」

 父には意味が分からない。それでも黙って湯飲みを差し出した。紗英はその手の温度を確かめるように、両手で受け取った。

 翌朝六時四十分。

 前の人生で救急車を呼んだ時刻に、紗英のスマートフォンが震えた。恐る恐る画面を見る。

《対象ロットは全数回収済み。健康被害の報告なし》

 台所から包丁の音がした。禎司が朝食を作りながら、聞いたことのない調子で呼ぶ。

「紗英、薬を飲む時は、お前にも確認してもらう。長生きするのも細かい仕事らしい」

 死亡通知の代わりに届いたのは、父が明日も面倒を掛けるという予告だった。