白い靴は貸さない

峰岸梢の物は、頼まれると急に共有物になった。

鞄、イヤリング、充電器。友人に「一日だけ」と言われれば、汚れや傷が心配でも笑って渡した。断ったあとに「ケチ」と思われるくらいなら、戻ってきた物を一人で手入れするほうが楽だった。

去年貸した革の鞄は、底に飲み物の染みをつけて戻った。友人は何度も謝ったが、梢は笑って「古かったから」と答えた。本当は帰宅後に一時間磨き、落ちなかった輪を内側へ向けて使っている。

日曜の昼、友人から写真つきのメッセージが届いた。

《明日の面接、この服に梢の白い靴合いそう。貸してくれない?》

玄関には、先月買ったばかりの革靴がある。何軒も試着して、初めて値札を見ずに選んだ。まだ二度しか履いていない。

梢は《いいよ》と打ち、靴箱から箱を出した。薄紙をめくると、つま先に自分が歩いた小さな皺が見える。貸して傷が増えても、面接なら仕方ない。友人の大事な日なのだから。

そう考えたとき、自分が履く予定だった火曜のことを思い出した。ただの出勤日で、誰に見せるわけでもない。それでも新しい靴を履こうと決めていた。

梢は返信を書き直した。

《ごめん、この靴は貸せない。面接、うまくいくといいね》

理由を長く説明しなかった。「高かったから」も「まだ新しいから」も書けば、条件次第では貸せるように見える気がした。

友人からは《了解、手持ちで行く!》と返った。

梢は代わりの店を検索しかけた。断った責任として、別の靴を見つけなければならない気がしたからだ。検索欄を空のまま閉じた。梢は安心し、それから自分が想像していたほど相手が困らなかったことに、少し拍子抜けした。

箱を靴箱へ戻そうとして、やめた。明日ではなく今日履くことにする。

行き先は近所のスーパーだった。白い靴には似合わない濡れたアスファルトを避けながら歩く。買ったのは牛乳と洗剤だけだ。

帰宅すると、つま先に新しい薄い皺が増えていた。梢は布で一度拭き、自分がつけた皺を、誰にも謝らず箱へしまった。