白味噌の角
城戸湊斗は、事故報告書の「原因」欄を埋められずにいた。
新人が顧客データを誤って上書きした。復旧作業の間、新人は何度も「すみません」と言い、湊斗は「今は手を動かして」と答えた。その言い方まで、部長の口調に似ていた。復旧はできたが、二時間分の作業が止まり、部長は「本人の確認不足でまとめて」と言った。
確かに、最後にボタンを押したのは新人だ。だが、その手順を教えたのは湊斗だった。口頭で「いつものところ」と伝え、別の問い合わせに追われた。共有マニュアルは古い画面のまま。更新を提案したことはあったが、「今度まとめて」で止まっていた。湊斗も忙しさを理由に、そのままにした。新人が確認できる相手も、残業時間には湊斗しかいなかった。
会社を出たのは日付が変わる直前だった。暖簾の残る一軒へ入り、白味噌の大根煮を頼んだ。店内には湊斗一人だけだった。
小鍋の蓋が開くと、甘い味噌の匂いと白い湯気が同時に上がった。煮汁の中で大根の角は丸く透け、箸を入れるとほとんど音もなく割れた。中心まで熱く、舌へ白味噌の甘さがゆっくり広がる。
「ずいぶん丸くなるんですね」
湊斗が言うと、店主は鍋を見た。
「煮ても、角があったことまでは消えません」
店主はそれだけ言い、洗い物へ戻った。
湊斗は会社の端末へは入れない。代わりにスマートフォンのメモへ、明日書き直す文章を残した。
直接原因は操作前の確認不足。
背景要因は、手順書の未更新と、指導担当である自分の説明不足。
再発防止は画面付き手順書の改訂と、夜間の確認先設定。
この書き方なら、部長は嫌な顔をするだろう。提出前に呼び戻され、表現を弱めろと言われるかもしれない。自分の評価にも傷がつく。新人が救われるとも限らず、失敗した事実は残る。けれど、原因を正しく書けば、次に同じ画面を開く人が一人で立たずに済むかもしれない。
それでも、一人の名前だけを原因欄へ押し込める報告書より、次の事故を止める報告書を出したい。
大根の最後の角を舌で崩すと、甘さの奥に味噌の塩気があった。丸く煮えた形は消えても、熱だけは口の中に長く残った。