白狼村は白い狼ではない

律希が兵站所へ駆け込んだとき、北の砦には残り一日分の食料しかなかった。

小麦八十四台、干し肉二十台、矢束十二台は三日前に出発している。砦の厨房では最後の麦を薄い粥にし、兵一人の配給は昨日の半分へ落ちていた。ところが荷車は砦へ届かず、地図にもない獣道で立ち往生していた。

原因は行先札だった。

北方語の村名『シルヴァル』を、翻訳官が意味どおり『白狼村』と訳した。王国には本当に白狼村という集落があり、御者は百二十キロ東へ向かってしまったのだ。

「訳は正しい。シルは白、ヴァルは狼だ」

翻訳官が言い張る。

前世で国際配送の住所データを扱っていた律希は、地名を意味で訳さなかった。人名や地名は説明ではなく、場所を一つに特定する印だからだ。音を王国文字へ移し、『シルヴァル』とそのまま書く。さらに砦の番号『N-17』を赤く添えた。

彼は伝令鳥へ新しい札を結び、立ち往生する隊へ飛ばした。

『シルヴァル経由、N-17。白狼村へ行くな』

御者たちはすぐ進路を反転した。地図上で似た名の村が六つ見つかったため、律希はすべて音写と番号に直し、分岐の標識も同じ表記へ交換させる。斥候三人を別々の道へ走らせても、全員が同じ標識を指して戻った。

十八時間後、北門の見張り台から鐘が鳴った。

一台、十台、五十台。最後の百十六台まで、欠けずに砦へ入る。御者が掲げた行先札には、白狼の絵ではなく『シルヴァル N-17』だけが残っていた。食料庫の残量は小麦二十七袋から四千八百袋へ跳ね上がった。兵士たちは固い干し肉を掲げて歓声を上げる。

司令官は到着時刻を見た。敵軍が包囲を始める二時間前だった。

翻訳官は「地名を訳さないのは怠慢だ」と訴えた。

司令官は『白狼村』と書かれた古い札を真っ二つに折る。

「腹を満たすのは正しい語源ではない。正しい場所だ」

その場で兵站令が書き換えられた。すべての地名は音写し、砦番号を併記する。

司令官は律希へ北方全域の地図箱を渡した。

「王国兵站局の地名翻訳官に任命する。次の百台も、迷わせるな」