盗まれたコード

鳴海叶人が新曲のサビを弾くと、佐宗美緒はスマートフォンから古い音源を流した。

同じ四つのコードが、同じ順番で鳴った。

「似てる、じゃないよね」と美緒。

「知らなかった」

「私も信じたいけど」

矢萩冬馬はベースを膝に置いたまま、二つの曲を交互に聞いた。大学の部室。卒業前、最後の練習日に持ち込まれたのは、盗作の疑いだった。

叶人が作った曲は、三人で初めて配信会社へ送る予定だった。ところが美緒が見つけた十年前のインディーズ曲と、サビの進行だけでなく、休符の位置まで似ている。

「消そう」と叶人が言う。

「それで済む?」

「公開してない」

「似た曲を作った自分まで消せないでしょ」

冬馬が弦を爪弾いた。

「俺、あの曲知ってた」

叶人と美緒が同時に見る。

「高校の頃、叶人の車で流れてた。たぶん一回だけ」

「じゃあ俺が忘れて、覚えてた?」

「証明できない」

三人の間に、鳴らしていないコードが残った。窓際の古いスピーカーからは、隣室のバンドが同じような四拍子を鳴らしていた。音楽には、完全に一人だけの場所などないのかもしれなかった。

美緒は四月から広告会社で歌ものの制作に入る。冬馬はカナダの農場へ行く。叶人は大学院で著作権法を研究すると、今朝決めたばかりだった。

「皮肉だね」と美緒。

「逃げ道だよ」と叶人。

「逃げても勉強は残る」

最後の練習は、問題の曲を一度だけ通すことになった。叶人はサビでコードを変えようとしたが、指が元の位置へ戻る。美緒は歌詞を外し、冬馬は休符を長くした。

それでも曲は、知らない誰かの記憶に似ていた。

演奏後、叶人は共有フォルダからデータを削除した。美緒はスマートフォンの古い音源を止め、冬馬は譜面を破らずに鞄へ入れた。

「持ってくの?」

「似てたことも含めて、俺たちの曲だから」

「公開するなよ」

「畑で弾くベース、誰が訴えるんだよ」

三人は笑えなかった。

叶人はカポタストを譜面台に置き忘れた。翌日取りに戻ると、部室は施錠され、窓越しに銀色の金具だけが見えた。

盗まれたのが四つのコードなのか、三人で続けるはずだった未来なのか、最後まで判決は出なかった。