真名を縫う

オルデの口は、耳の下まで裂けていた。

礼拝室の椅子へ縛られ、噛み合わない牙を鳴らしている。裂け目は言葉を食べて広がる。次に誰かの名を聞けば、その名の持ち主を丸ごと呑む魔物になる。

治療僧は赤い糸と曲がった針をタヴィへ渡した。

「縫えるのは真名だけだ。おまえ自身の名を一音ずつ糸へ結び、一針ごとに失う。使った音は、人の記憶からも文字からも消える」

タヴィの名は四つの古い文字で書かれる。父から一つ、母から二つ、最後の一つはオルデが旅の途中でつけた愛称だった。

一針目を下唇へ通す。

オルデが暴れ、タヴィの認識札から最初の文字が消えた。幼い頃、父に呼ばれた声も一緒に遠のく。

二針目。裂け目が頬の中央まで閉じる。母の墓標に刻まれていた一文字が、石粉となって落ちた。

三針目で牙が縮んだ。治療僧がタヴィを見て、「おい」と呼んだ。もう名の大半を思い出せないらしい。廊下で待つ仲間たちも、扉の隙間から彼を見て首をかしげた。長年使った剣の柄には名の頭文字が彫られていたはずだが、そこも滑らかな銀へ戻っている。世界が彼を拒むのではなく、最初から席を用意していなかった形に整っていった。

最後の裂け目は、オルデの口角に残っていた。そこから黒い舌が伸び、タヴィの喉を探る。

「最後を使えば、誰もおまえを呼べなくなる」

僧の制止に、タヴィは首を振った。

最後の音は、酒場でオルデが笑いながら短くした呼び名だった。あの音だけで振り向けた。戦場でも、嵐でも、暗闇でも。

タヴィは糸へ結び、針を刺した。

裂け目が閉じ、オルデの牙は人の歯へ戻った。椅子の縄を切られた彼は、真っ先に救い手へ駆け寄る。

「た……」

呼ぼうとして、息だけが漏れた。顔は分かる。共に旅したことも分かる。なのに、そこへ掛ける音が世界のどこにもない。

タヴィは自分の札を見た。文字の消えた金属板には、役目だけが残っている。

《針持ち》

僧もオルデもそう呼んだ。

彼は返事をした。四つの音を失った胸の奥で、以前の名があった場所だけが縫い合わされ、触れるたび知らない人の傷のように痛んだ。