真実の刃、偽りの私
「被告ユディトは、院長の杯へ毒を入れた」
告発人がそう言うと、処刑台の縄がきしんだ。
ユディトは両手を鎖で縛られたまま、腰の細剣を見た。裁判長は最後の慈悲として、三度だけ抜くことを許している。
《虚断ち》は、耳にした嘘を一つ斬って消せる。嘘を斬れば、隠された事実が形を持って現れる。ただし代わりに、使い手についての真実が一つ、現実から消える。
ユディトは剣を抜いた。
告発人の言葉が黒い糸となり、刃に切られた。卓上へ現れたのは、毒瓶を持つ告発人自身の指紋だった。
同時に、ユディトの胸の徽章から紋が消えた。
「この女は騎士ではない!」
誰かが叫ぶ。昨日まで十年仕えた騎士団の名簿にも、彼女の項目はなかった。
十年分の給金も、救った村から届いた感謝状も消えた。隣にいた元同僚は、なぜ罪人が騎士の剣を持つのかと眉をひそめる。真実が一つ消えるとは、言葉だけでなく、その真実が生んだ年月まで奪われることだった。
告発人は顔を青くし、「私は院長の部屋へ入っていない」と言った。
二度目の抜刀。
床に、彼の靴跡が赤く浮かぶ。
代わりに傍聴席の老女が、ユディトを見て首をかしげた。
「私に娘はいません」
母だった人の記憶から、彼女が生まれた真実が消えていた。
裁判長は証拠を見てもなお、処刑鐘を鳴らした。
「告発人のほかに、院長室へ入った者はいない。ゆえに共犯の可能性もない。被告を処刑する」
最後の嘘だった。
ユディトは三度目に剣を抜く。天井裏から隠し戸が開き、院長本人が降りてきた。死んだふりをし、財産を持って逃げる計画だったのだ。
広場が騒然となる。裁判長は縄を解くよう命じた。
そのとき、ユディトの足元から影が消えた。
縄を外した刑吏が手首に触れ、息を呑む。脈がない。鏡板を向けても、そこには鎖だけが映り、彼女の姿は映らない。
三つ目に消えた真実は、ユディトが人間であることだった。
「無罪だ。釈放せよ」
裁判長の声に、門が開く。
ユディトは外へ歩き出した。誰も止めなかった。もう彼女を裁く法も、葬る祈りも、人に向けたものしかなかったからだ。