砂詰まりの機巧兵と泥金泉
砂漠街道の《歯車宿》へ、機巧兵ドルガは片脚を引きずってきた。
主人ピノが扉を開けるより先に、膝からざらざらと砂がこぼれる。胸の荷箱には、疫病村へ運ぶ解熱薬が詰まっていた。
「到着期限、日没。歩行速度、通常の九パーセント」
砂嵐で関節へ鉄砂が入り、歯車を削っている。修理工房までは逆方向に二日。止まれば薬が間に合わない。
「風呂へ入れと言うのか。私は兵器だ」
「だから泥金泉です。人間のお客さまには強すぎます」
裏庭の湯は金色の泥で満ちていた。磁鉄鉱を含む源泉で、釘を近づけるだけで表面が盛り上がる。
ドルガが腰まで沈むと、泥が膝へまとわりついた。機巧兵は沈み過ぎないよう両腕で縁をつかむが、指の関節からも細かな砂が落ちた。
「薬箱は外さなくていいのか」
「密閉規格。水中輸送可能」
「なら、そのまま急いで直しましょう」
ぎぎ、と歯車が悲鳴を上げる。
「故障、拡大」
「逆です。砂が出たがっています」
ピノが木槌で浴槽の縁を一度叩く。泥が細く震え、関節の隙間から黒い砂を引き出し始めた。砂は金泥の上へ棘のように立ち、次々と固まる。
大粒の鉄砂が一つ、軸の奥で引っかかった。ピノは泥へ手を入れず、浴槽の外側へ磁石を滑らせる。棘の群れが一斉に向きを変え、詰まりも軸から剥がれた。
最後の一粒が抜けると、ドルガの膝が静かに曲がった。肩の歯車、足首、指先も順に一回転し、動作音が古時計のように整う。
「歩行試験」
彼は湯船から上がり、まず片膝をついて薬箱の封印を確認した。中身は一滴も濡れていない。それから廊下を一往復した。床板はきしんだが、脚は引きずらない。
「通常速度、百二パーセント」
「二パーセントは湯上がりの勢いです。街道では落としてください」
機巧兵の目の灯が一度点滅した。笑ったのだとピノは思った。
日没前、疫病村の受領印が伝書鳥で届いた。鳥の脚には、軍用の真鍮札が結ばれている。
『入浴料、支払済。以後、長距離任務ごとに一回を発注する』
札の裏には《第一機巧隊指定保養所》と刻まれていた。
ピノがそれを玄関へ掛ける。直後、外から重い足音が止まり、歯車形のベルが高く鳴った。