破れた帯の値段
書店の新刊台で、逆瀬川豪志は封を切り、限定小冊子を抜き取った。
店員が購入前の商品だと声をかけると、逆瀬川は本の帯を破った。
「最初から破れてた。傷物を売る気か。全額値引きして、特典を十冊分よこせ」
若い店員が、限定品は一人一冊だと説明すると、逆瀬川は声を張り上げた。
「俺は書評アカウントを持ってる。悪評を書けばこの店は終わりだ。店長を呼べ、作者にも謝らせろ」
棚の向こうから、坊主頭で黒いシャツを着た大男が出てきた。常陸野隆真。顔つきは険しく、逆瀬川は本を盾のように持った。
「何だ、警備員か」
「その本を書いた者です」
常陸野は表紙に印刷された著者写真と同じ人物だった。元ボクサーで、現在は小説家。新刊の棚を自分で見に来ていたのだ。
逆瀬川はすぐ態度を変えた。
「先生の大ファンです。店員が特典を隠すから、代わりに注意してあげていて」
常陸野は破れた帯を拾った。
「ファンなら、本を盾にしないでください」
店長が防犯映像を確認した。逆瀬川が封を切り、小冊子だけを鞄へ入れ、帯を自分で引き裂く場面が鮮明に残っている。彼の書評アカウントには、発売前から限定小冊子を高値で譲るという投稿もあった。
「宣伝だよ。先生にも利益がある」
「私に入るのは定価で売れた本の印税です。破って値切り、特典だけ転売しても一円も入りません」
常陸野は出版社の法務担当へ連絡した。逆瀬川は過去にも別店舗で商品を傷つけ、交換品を要求していたことが共有されているという。
店長は破損した本と持ち出した小冊子の代金を請求し、系列店への入店を断る通知を渡した。逆瀬川が「作者に訴えられるわけがない」と笑うと、常陸野は名刺を裏返した。出版社のコンプライアンス委員も務めていた。
警備員が到着し、小冊子は鞄から回収された。
常陸野が無傷の一冊へ若い店員の名を添えてサインし、破損品の請求書へ逆瀬川の受領印が押された瞬間、作者を呼べと怒鳴った男だけが、作者本人から読者として拒まれた。