硝子越しのパン屋

パン屋の鈴芽は、雨の日にはクロワッサンを少なめに焼く。

客足が落ち、湿気で生地も扱いにくい。いつもより二割減らすのが店長の決まりだった。

朝から降り続いた木曜日、店は静かだった。硝子窓を雨粒が流れ、焼きたてのパンの匂いだけが店内へ厚く溜まる。

午後三時、向かいの工事現場から青年が一人来た。濡れた合羽を入口で脱ぎ、クロワッサンを二つ買う。

「毎週木曜ですね」と鈴芽が言うと、青年は少し驚いた。

「弟の迎えの日なんで。待ってる間に食べさせます」

近くの支援教室へ通う弟らしい。二つのうち一つは、いつも紙袋のまま持ち帰っていた。

その後、雨がさらに強くなった。閉店一時間前、クロワッサンは売り切れた。

硝子の向こうに、さきほどの青年と中学生くらいの少年が立っていた。少年は店を覗き、空になった籠を見ている。

鈴芽は奥から、形が悪く売り物にしなかった一つを持ってきた。端が曲がり、層も少し潰れている。

「試食です」

少年は兄を見てから受け取り、入口の軒下ですぐにかじった。細かな屑が合羽につく。兄がそれを払う。

翌週の木曜も雨だった。鈴芽は仕込み表の数を一つだけ増やした。

午後、兄弟が来る。今度はきれいなクロワッサンが三つ残っていた。

オーブンから出したばかりではない。それでも袋を閉じると、バターの香りが温かくこもる。少年は袋を胸へ寄せた。

雨の日は客が少ない。けれど、少なく焼く数を一つ増やすくらいなら、店の決まりを壊さずにできると鈴芽は思った。

兄弟が帰ったあと、鈴芽は籠の底に落ちた屑を集めた。曲がった一つも、きれいな一つも、砕けば同じ薄い層になる。次の仕込みでは、雨予報の日にだけ一個多い数字を書いた。店長は表を見て眉を上げたが、何も言わなかった。朝の生地へバターを折り込むと、外の雨より規則正しい音が作業台に響いた。焼き上がる頃、硝子窓は内側の湯気で曇っていた。