祈祷輪が覚えた命令

神殿の朝祷で、見習い神官ノエル・サフィアの膝から血がにじんでいた。

上級神官ヴェスナ・ルークに命じられ、砕いた硝子の上で祈らされていたからだ。泣けば信仰不足、血を拭けば聖堂を汚したとして、さらに祈りを延ばされる。

「信仰が本物なら痛くないでしょう?」

ヴェスナは参拝者の前では慈愛深く微笑み、裏ではノエルの食事を抜き、寝台へ泥を撒き、寄付金の不足を押しつけてきた。ほかの見習いには「次はあなた」と囁いて黙らせる。

その日、寄付箱から金貨百枚が消えた。ヴェスナはすぐノエルの寝台から袋を見つける。

「やはり盗人でした。傷も罪悪感から自分でつけたのでしょう」

大司祭が駆けつけると、ヴェスナはノエルへ告白文を差し出した。

「署名しなさい。認めれば神は許します」

「あなたが証人として署名してください」

「もちろんよ。罪人の告白を見届けた功績も、記録してちょうだい」

ヴェスナは誇らしげに名前を書き、祈祷輪へ告白文を通した。神殿の正式な文書にする儀式だ。

金の輪が回ると、文字ではなく声が響いた。

『硝子の上に立たせなさい。逃げたら盗人にする。金貨は寝台の下へ』

昨夜、ヴェスナが下級神官へ出した命令だった。

祈祷輪は、文書の署名者が過去一日に「この件について語った言葉」を検証する。虚偽告白を防ぐ神具だが、ヴェスナは見習いの告白だけを裁く道具だと思っていた。

「偽物です! ノエルが神具を」

大司祭が輪を止めると、ヴェスナの署名から寄付箱の鍵番号まで浮かび上がる。金貨を運ばされた下級神官の名と、「逆らえば同罪にする」という脅迫も続いた。彼女は自分の神官印で箱を開け、金貨を袋へ移していた。

見習いたちが一人ずつノエルの隣へ移り、同じ命令を受けた祈祷札を差し出す。

ノエルは告白文を破らず、血のついた膝で一歩だけ後ろへ下がった。

「私は、許しを請うためにここへ来たのではありません。告発を受理してもらうためです」

大司祭は衛兵へ合図し、神殿法典を開く。

「ヴェスナ・ルーク。寄付金窃盗、虚偽告発および修練名目の虐待により、神官位を剥奪し、俗世裁判所へ引き渡す」