神罰帳簿の監査人
「能力なしの俗人が、神殿会計へ口を出した罰です」
大神官は満足そうに言い、天城凛子を雷刑柱へ縛った。
凛子が転移して最初に任されたのは、聖堂の寄付金整理だった。
三日で気づいた。孤児院への支出が帳簿上は毎月百枚、実際は十枚。残りは大神官の別荘建設へ流れている。
帳尻は『神意による減価』という一行で合わせられていた。凛子が領収札と照合しようとすると、書記たちは目を伏せた。神を恐れているのではない。大神官に家族の治癒を止められるのが怖いのだ。
指摘した翌朝、彼女は神を疑った異端者になった。
広場の柱には「天罰を受ければ灰となる」と刻まれている。
信徒たちは俯き、誰も目を合わせない。
大神官が聖印を掲げると、雲から白い雷が集まり始めた。
凛子の前に、見慣れた表形式の光が開く。
《奇跡監査》
神名義で行われた奇跡と対価を、一度だけ照合する。
「監査を開始します」
能力を使った。
雷は落ちなかった。
代わりに空いっぱいへ巨大な帳簿が展開した。
《孤児院治癒・申請百件/実施九件》
《豊作祈願・奉納金受領済/神界への送金ゼロ》
《雷刑執行・神の承認なし》
赤い不一致印が、大神官の頭上へ次々と押される。
さらに帳簿の最下段に、金色の追記が現れた。
《未使用奇跡残高・八千七百四十一件》
大神官が逃げようとした瞬間、貯め込まれていた奇跡がまとめて地上へ降った。
病人の傷が塞がり、枯れた街路樹が芽吹き、ひび割れた孤児院の屋根が直る。雷刑柱だけは内部から崩れ、凛子の拘束具を巻き込んで砂になった。
神力測定器を持った司祭が空の帳簿へ向ける。
針は神格級を越え、盤面に《監査対象外》と表示して炸裂した。
雲間から、翼を持つ女神の姿が現れる。
大神官は助けを求めて両手を伸ばした。
だが女神は彼を見なかった。
「帳簿を滞らせたのは私の監督不足です」
神が人間へ謝る声を、広場の全員が聞いた。
女神は空中で立ったまま、凛子へ深く頭を下げる。
灰になるはずだった柱の前で、信徒たちは初めて大神官ではなく、監査を終えた凛子の返事を待っていた。