禁書庫の紙喰い猫は腹ぺこ
禁書庫から文字が消えた。
犯人は紙喰い猫だと決めつけられ、司書たちは炎の杖を手に書架を囲んだ。乳白色の猫型魔獣は一冊の上に乗り、口元を黒い文字で汚している。
臨時書記の麗奈だけは、床に落ちた紙片を拾った。
噛み跡がない。文字だけが舐め取られ、紙は残っている。しかも消えたのはすべて、召喚者を内側から焼く危険な呪文だった。
「本を食べたんじゃない。呪いを食べてくれたの?」
紙喰い猫がしゃくり上げる。腹の中で赤い文字が透け、苦しそうに丸まった。
主任司書は「今のうちに焼け」と命じる。麗奈は猫を抱く代わりに、自分の昼食箱を開けた。中身は蜂蜜を塗った薄焼きパン一枚だけ。
古い獣譜に、紙喰い猫は甘い樹液で呪力を中和するとあった。誰も実物を見たことがないため、忘れられた記述だ。
「これで間に合うかな」
パンを細くちぎり、少し離れた床へ置く。猫は警戒して匂いを嗅ぎ、最初の一片を舐めた。すると腹の赤文字が薄くなる。
麗奈は二片目を手のひらに載せた。猫は牙を立てず、舌だけで掬った。三片、四片。最後は指についた蜂蜜まで丁寧に舐める。
まだ腹が痙攣している。麗奈は温かい布を腹へ当て、文字が落ち着くまで円を描いて撫でた。猫は苦しさの合間にも、禁書へ伸びた火の杖から彼女を庇うよう尾を広げる。守られていたのは、最初から本ではなく人間のほうだった。
やがて猫は大きなくしゃみをした。黒い煙とともに、禁書の呪いだけが灰になって吐き出される。残った本には安全な術式だけが読める形で戻った。
主任司書が絶句する中、猫の額に開いた本の紋章が現れ、麗奈の掌へ移った。禁書庫の全書架が彼女にだけ道を空ける。
「正司書に任命する」
慌てて主任が告げたが、麗奈はまず昼休みの延長を要求した。
紙喰い猫が膝へ乗り、当然のように丸くなったからだ。紙のように白い毛は意外にも弾力があり、細い体は本の束ほどずっしりしていた。腹から伝わる甘い熱が膝に染み、麗奈は一文字も読まず、その重さをしばらく受け止めた。