空腹では効かない聖薬
聖騎士クラディスは、ルシェンを追放して最初の負傷者を救えなかった。
魔獣の爪を受けた仲間へ、最高級の聖薬を注ぐ。傷は淡く光ったが、血が止まらない。二本目も同じだった。
「偽物だ! 薬師を処刑しろ!」
しかし瓶の封印は本物だ。
これまで聖薬が瞬時に効いたのは、戦闘前に料理人ルシェンが出していた胡桃と乳酪の薄焼きがあったからだった。聖薬の治癒成分は油に溶けて初めて血へ運ばれる。空腹の胃へ薬だけ流し込んでも、その大半は働かずに排出される。
クラディスは薄焼きを「腹にたまらない貧乏料理」と呼んでいた。ルシェンを戦えない荷物と決めつけ、食材箱ごと置いていった。
その日、一行は初めて、一本で金貨五十枚の聖薬を三本使った。それでも傷は閉じなかった。
神官が残った胡桃をそのまま噛ませても、効果は遅い。油を乳酪と練り、薄く焼くことで消化を早める必要がある。クラディスは、戦う前に菓子を食べるなど軟弱だと何度も皿を払いのけた。その皿が、金貨百五十枚と仲間の血を節約していた。
ルシェンは同じ時刻、薬師組合の試験室にいた。安価な治癒薬と、胡桃を練り込んだ一口パンを負傷した作業員へ渡す。薬は高級品の半分の濃さしかないのに、裂けた掌がみるみる塞がった。
組合長は薬瓶ではなく、パンを秤に載せた。
「薬の効き目を料理で引き出す発想はなかった。これなら貧しい診療所でも治療費を下げられる」
ルシェンには〈薬効食調理師〉の資格と、組合直営厨房が与えられた。薬師たちは彼の献立を処方箋と同じ棚へ保管した。
夕刻、クラディス本人が組合へ押しかけた。
「薄焼きを百枚作れ。仲間を救えば、追放は撤回してやる」
「今から食べても、重傷者には間に合いません」
「ならお前も来て調理しろ!」
ルシェンは新しい資格章を胸へ留めた。
「私はもう、薬を無駄にしない人たちのために料理します」
クラディスが剣の柄へ手を置くより早く、組合の護衛たちが前へ出た。
ルシェンは最後に、はっきり告げた。
「聖騎士隊との料理契約は、私の食材箱を道端へ捨てた時点で終了しています」