窓に残る指のあと

雨の日のコインランドリーは、窓の内側が少しだけ曇る。

 乾燥機の熱と、濡れた服と、外の冷たい空気が、ガラスの上で薄い膜になる。

 柚季は洗濯物を回しながら、スマートフォンに並ぶ写真を見ていた。洗っているのは、夕食会へ着ていくつもりだった黒いワンピースと、結局一日中着ていた灰色の部屋着だった。

 大学時代の友人たちが集まった夕食会。丸いテーブル。色の違うグラス。自分が座るはずだった端の席には、誰かのバッグが置かれている。断ったのは柚季だった。仕事で疲れていたし、笑う準備をするのが面倒だった。それでも写真を見ると、自分だけが後から切り取られたように感じた。

 店内の蛍光灯が、画面へ白く映り込む。

 乾燥機が回る。

 ごう、ごう。

 空調が回る。

 しゅう、しゅう。

 雨が窓を叩く。

 ぱら、ぱら。

 柚季は画面を消した。

 曇ったガラスに、小さな手のひらの跡が浮かんでいた。

 指が五本。掌は柚季の半分ほどしかない。今夜ついたものではないらしい。以前ここで待っていた子どもが、外を見ようと手をついたのだろう。乾燥機の熱で曇りが濃くなるたび、その跡だけがくっきり現れる。

 誰かが窓の前で背伸びをした。雨の車を見た。外を通るバスの数を数えたかもしれない。飽きて椅子を揺らし、隣にいた大人から静かにしなさいと言われたかもしれない。

 柚季は想像して、そこでやめた。

 その子が楽しかったか、寂しかったかは分からない。跡は物語ではなく、ただ触れた証拠だった。

 入口の外を、自転車を押す人が通った。前籠に濡れた花束があり、透明な包みが街灯を反した。傘がガラスを一瞬暗くし、また街灯が戻る。

 乾燥終了の電子音が鳴る。

 柚季は温かい服を籠へ移した。窓の手形は、機械が止まって温度が下がるにつれ、ゆっくり薄くなっていった。

 スマートフォンには新しい写真が一枚増えていたが、開かなかった。

 帰宅して、乾いた部屋着へ着替える。友人たちへ連絡するのは明日でもいい。今夜欠けている席を、今すぐ埋めなくてもいい。

 窓の手形のように、そこにいた日まで消えるわけではなかった。