竜は式典条項を読めない
建国祭の空に、一頭の竜も現れなかった。
王子カエルドは、観衆の前でジュネヴィア・カストレルを責め立てた。
「竜騎士団を私怨で出さなかったな。王家の威信を傷つけた女との婚約を破棄する」
竜騎士の名門に生まれたジュネヴィアへ、失望の声が飛ぶ。彼女が命じれば百騎が飛ぶと、誰もが思っていた。
早朝、竜たちは飾り鞍をつけて竜舎に並んでいた。騎士も衣装を整え、合図さえあれば飛べる状態だった。ジュネヴィアは念のため三度、式典命令の発出を王子へ確認したが、返事は『私に指図するな』の一文だけだった。
竜は命令系統を破れば人里へ降りないよう訓練されている。彼女が勝手に飛ばせば、規律を守った騎士たちが処罰される。見栄のために部下を危険へ出さないと決めた結果を、カエルドは反抗と呼んだ。
ジュネヴィアは空を見上げたまま答えた。
「本日は魔獣襲撃でしょうか」
「式典だ。見れば分かる」
「では、第二条をご覧ください」
竜騎士団長エッカルトが、大判の婚約契約を持って進み出た。竜の爪印がついた第二条には、命令権が二つに分けて記されている。
第二条――国土防衛時は花嫁方、王家式典時は花婿方が竜騎士団へ出動を命じる。
建国祭は、どう読んでも式典だった。
竜たちは規律を守って待ち、命令を忘れたのは王子だけだった。
「つまり、飛ばなかったのは殿下が命令を出さなかったからです」
その瞬間、城外から大きなくしゃみが響いた。待機中の竜たちである。笑いを堪える者が現れ、カエルドの顔が赤くなった。
「君が気を利かせれば済んだ!」
「権限を渡さず、失敗だけ渡すのを婚姻とは呼びません」
王子は慌てて、次の祭では共同指揮にする、婚約も続ける、と言った。
ジュネヴィアは指輪を契約書の『式典』の文字へ置いた。
「次の祭では、別の空を飛びます」
元婚約者に背を向ける。エッカルトが竜舎へ向かう階段で手を差し出した。ジュネヴィアは笑い、自分からその手を取った。