笑い声の顔

木庭統真は、売れない芸人だった。表情筋を制御する顔面装置を入れたのは、舞台で笑われるより、哀れまれることに耐えられなくなったからだ。

装置は客席の年齢、視線、心拍を読み、最適な眉の角度と声色を選んだ。統真が台詞を言う前に、顔が「面白い人」の形になる。三か月で番組の司会者になり、笑いの成功率は九六パーセントを超えた。

家でも装置は働いた。妻が怒れば反省顔、スポンサーが来れば誠実顔、娘が泣けば安心させる笑顔。母の葬儀では悲嘆用の震えまで生成され、親戚に「立派な喪主」と褒められた。統真は、そのとき自分が本当に悲しかったかを思い出せなかった。

ある朝、娘が尋ねた。

「お父さん、本当の顔はどれ?」

統真は鏡を見た。候補が十二種類表示された。父親用、夫用、謝罪用、親密度上昇用。自分用だけがなかった。

生放送中、通信障害で表情制御が止まった。統真の顔は動かなかった。筋肉は長年使われず、笑う方法を忘れていた。客席は静まり、スタッフが復旧までのつなぎを指示した。

統真は用意された冗談を捨てた。

「すみません。今、どういう顔をしたらいいか分かりません」

誰も笑わなかった。

「娘にも同じことを聞かれました。父親の顔が有料機能だとは知りませんでした」

客席の端で、一人が吹き出した。つられて別の人が笑った。それは装置が予測した笑いより遅く、ばらばらで、少し優しかった。

番組は炎上し、統真は降板した。スポンサーは「不安定な表情はブランドを傷つける」と契約を切った。顔面装置を外す手術はできなかったので、彼は制御率を半分まで下げ、二十席しかない地下劇場へ戻った。客は毎晩違うところで笑い、まったく笑わない日もあった。統真は終演後、その不確かさと、自分が悔しかった瞬間を手帳へ書いた。失敗にも自分の感情が戻ってきた。舞台では笑顔が遅れ、眉が片方だけ上がる。娘には「変な顔」と言われた。

ある晩、娘が描いた似顔絵には、左右の違う眉と、閉じきらない口が描かれていた。

「これが本当のお父さん?」

統真はうまく笑えなかった。代わりに、顔をくしゃくしゃにした。

娘が笑ったので、それを答えにした。