笑う遺影
片桐廉士は、写真修復会社で遺影の加工を担当していた。二十七歳。曾祖父の三十三回忌を前に、母から古い遺影をデータ化してほしいと頼まれた。
片桐家の仏壇には、写真の裏へ貼られた注意書きがある。
《遺影が笑って見えても、撮り直してはいけない》
曾祖父は無表情で写っているはずなのに、見る角度によって歯を見せて笑う。祖母は、生前一度も笑わなかった人だから写真が代わりに笑いたがるのだと言った。廉士は銀塩写真のひびが口元に見えるだけだと考えた。
ネガ袋には、曾祖父を撮った写真館からの謝罪状が入っていた。《撮影後も被写体が動くため、焼き増し不可》とある。日付の違う試し焼き十枚では、曾祖父の顔が少しずつ若返り、最後の一枚だけ空の椅子になっていた。裏には祖母の字で《次に撮る人の顔を待っている》と書かれていた。
会社の生成AIなら、傷を除き、正面を向いた高解像度の写真に作り直せる。家族用の一枚だけなら問題ない。廉士は一度だけ「自然な微笑みに修正」と入力した。
生成された曾祖父は、廉士と同じ歯並びで笑っていた。画像の背景には、撮影当時には存在しない廉士の勤務先のロゴが薄く写り、机の端には今使っている社員証まで置かれていた。保存した瞬間、パソコンの人物認識が《片桐廉士 撮影年:昭和十四年》と分類した。
その後、クラウド上の家族写真が少しずつ変わった。運動会、成人式、社員旅行。廉士の顔だけが曾祖父に置き換わっている。反対に遺影の顔は、処理するたび若返り、今の廉士へ近づいた。
元データへ戻そうとしたが、すべて「破損写真」と判定された。母から届いた仏壇の写真では、遺影の額が空になり、黒いガラスに母だけが映っている。
廉士のスマートフォンは顔認証を受け付けなくなった。暗証番号を入力しても《故人のアカウントは利用できません》と出る。
試しに生成した遺影をカメラへ向けると、すぐロックが外れた。
画面上部に、日常と同じ認証メッセージが表示された。
《片桐宗廉さん、おかえりなさい》
背後の黒い画面で、廉士自身の顔が額縁の中から笑っていた。