笑えなかった三秒

校門前の最後の集合写真で、久世凌平と戸張比奈子は隣になった。

背の順で並べば当然だった。二年の秋までなら、どちらかが相手の肩を押して場所を奪い合っただろう。けれど今は、制服の袖が触れないぶんだけ距離を空けた。

「もっと詰めてー」

撮影係が叫ぶ。

二人とも半歩だけ中央へ寄った。まだ触れない。

喧嘩の理由は、もううまく説明できなかった。比奈子が秘密を誰かに話したと思い込み、凌平が無視し、比奈子も訂正しなかった。時間がたつほど、最初の一言が重くなった。机の間に落とした消しゴムを拾っても礼を言わず、班決めでは自然を装って別々になった。意地は日常に溶けると、誰にも見つけてもらえない。

「三、二、一」

一枚目の瞬間、凌平は目を閉じた。

「もう一枚!」

二枚目は、前列の誰かがくしゃみをした。全員が崩れて笑ったのに、凌平と比奈子だけは正面を向いたままだった。

「ラストね。三、二——」

そのとき比奈子が小声で言った。

「秘密、話してないから」

数字の途中だった。

凌平は横を向く。比奈子もこちらを見ている。謝るべきか、信じると言うべきか、三年間ぶんの言葉が喉でぶつかった。

シャッターが切れた。

写真係が画面を確認し、「二人だけ横向いてる」と笑う。周りもつられて騒いだ。

比奈子は顔を戻し、もう撮影は終わったのに口角を上げた。

「最低の写真」

「送って」

「なんで」

「返事を考える時間が写ってるから」

凌平がそう言うと、比奈子は三秒遅れて吹き出した。昔と同じ、笑い始める前に鼻を鳴らす癖だった。

その場では、謝罪も仲直りも言わなかった。ただ、校門を出るときは隣を歩いた。

帰り道、比奈子はコンビニの前で昔と同じレモン味の飴を買い、半分を凌平へ投げた。受け損ねた凌平を見てまた笑う。喧嘩する前なら当たり前だったことが、卒業式よりよほど厳かに感じられた。

夜に届いた写真には、全員が正面を向く中、二人だけが互いを見ていた。凌平は保存してから、比奈子へ一行送った。

〈信じるの、卒業後からでも遅くない?〉

既読はつき、今度は三秒もかからず、〈遅い。でも待つ〉と返ってきた。

翌朝、凌平はその写真を待ち受けにした。仲直りの証拠には見えない。ただ、三秒の空白を二人とも逃げなかったことだけは、誰に説明しなくてもわかった。