笑っていた写真
同窓会の集合写真から、私だけが外されていた。
高校時代の仲良し六人。誰より場を盛り上げた私を、眞白たちは端にさえ入れなかった。
写真を見て最初に確かめたのは、眞白の右手だった。長袖で隠れている。傷はもう薄いはずなのに、いつまで気にするのだろう。
投稿には私だけタグがなく、コメント欄も閉じられていた。高校時代の写真なら、いつも私が面白い説明を添えた。泣いている顔にも《号泣選手権》と書けば、あとで笑える思い出になった。
もう一つ妙なのは、全員が名札を裏返していたことだ。私が昔のあだ名で呼んでも、誰も振り向かなかった。眞白を「鉄板」と呼んだ時だけ、近くの店員がこちらを見た。仲間内の呼び名にまで他人の顔色をうかがうなんて、つまらない大人になったものだ。懐かしい思い出まで否定するつもりらしい。
「私が何をしたの?」
二次会の店へ乗り込むと、眞白は古い写真を机に置いた。
文化祭の日、家庭科室で笑っている六人。中央の眞白は、熱した金属のトレーを持たされていた。
あれは罰ゲームではない。眞白自身が「できる」と言った。断れば空気が悪くなると伝えただけで、命令はしていない。私は皆へそう説明し、手を離した瞬間も動画を撮り続けた。痛がる声より笑い声のほうが大きかったから、成功だと思った。火傷のあと、眞白が転校したのは家庭の事情だと聞いている。
「菜摘が、私が望んだことにしたんだよ」
動画の続きには、嫌がる眞白の声と、私が家庭科室の鍵を押さえる手が映っていた。撮影者は私の端末ではなく、廊下にいた後輩だった。だから私が消した元動画の、その先まで残っていた。ほかの四人も、その日から私に「次は自分」と脅され、笑うしかなかったという。
眞白は今年、ようやく全員へ元データを送った。
同窓会は再会ではなく、五人で謝るための席だった。
私は写真を持ち帰り、眞白の長袖が写らないところまで切り取った。
《あの頃がいちばん仲良しだった》と投稿すると、六人とも笑って見えた。