継続理由を入力してください

戸叶沙良の不死更新期限は、あと十四日だった。

細胞の再生機能は年に一度、公共サーバーの認証を受けなければ停止する。停止してもすぐ死ぬわけではない。身体は徐々に動かなくなり、意識だけが残る。政府はそれを「自然状態への復帰」と呼んだ。

三百歳を超えた市民には、更新時に継続理由の提出が求められた。沙良は三百二歳。独身、子どもなし、表彰歴なし。図書館で返却本を棚へ戻す仕事は、前年に自動化されていた。

端末には例文が並んでいた。

〈希少技能を社会へ還元するため〉

〈扶養家族を支えるため〉

〈国家研究を完成させるため〉

沙良はどれにも当てはまらなかった。友人は「適当に社会貢献と書けば」と言った。だが、三百年生きて最後に嘘で延長を乞うのが嫌だった。

彼女は入力した。

〈来年の六月に咲く、駅前の紫陽花を見たいから〉

申請は却下された。公益性不足。

沙良は不服申立てをした。審理官は若い顔のまま四百歳で、疲れ切った声だった。

「花なら記録映像で見られます」

「あなたは、なぜ更新したんですか」

「審理業務に必要だからです」

「仕事がなくなったら?」

審理官は答えなかった。

沙良は法廷で、偉業も家族もない人生を説明した。毎週同じ店でパンを買うこと。雨の日に知らない人へ傘を貸すこと。読み終えた本の結末を忘れ、もう一度驚くこと。

「役に立たない明日を望んではいけませんか」

判決は一年間の暫定更新だった。制度改定までの保留にすぎない。それでも沙良には一年が戻った。

彼女は残り時間を、同じ通知を受けた人々の申立書を書く手伝いに使った。理由を立派に直すのではなく、その人が本当に待っているものを書く。

〈孫ではなく、隣家の猫に嫌われたままだから〉

〈まだ一度も海を好きになれていないから〉

〈特に理由はないが、終わりたくないから〉

翌年六月、駅前の紫陽花は例年より色が薄かった。沙良はがっかりし、そのがっかりを嬉しく思った。

生きる理由は、期待どおりである必要さえなかった。