聖堂一列目の値札

大聖堂の祈りの日、ヴァルドメル・ジーグ侯爵は最前列の長椅子へ値札を掛けた。

「一席、金貨十枚。払えぬ者は外で祈れ」

足の悪い老女がいつもの席へ座ろうとすると、従者が腕を引いた。侯爵は杖先で床を叩く。

「貧民の咳で私の祈りを汚すな」

見習い助祭シアナ・メルは、老女を支えながら言った。

「聖堂の席を売ることは禁じられています。寄進も自由意思でなければなりません」

「私が屋根を修理した。神も私の客だ」

ヴァルドメルは寄進簿を開き、最前列の購入者名を書かせた。払えない者には〈礼拝拒否〉の印を押し、シアナにも承認を迫る。

彼女は別紙を差し出した。

「侯爵閣下の命令であることを明確にしてください」

「当然だ」

侯爵は〈最前列を有料化し、未払い者の礼拝を禁ずる。収益は侯爵家修繕費の返済に充てる〉と記し、署名した。

その一文が乾いた瞬間、祭壇の水晶が低く鳴った。

大聖堂では、祭壇前で結ばれた契約や誓約はすべて水晶に記録される。偽りの寄進を防ぐためだ。侯爵が寄進簿を祭壇へ載せていたため、値札も拒否印も、先ほどの発言も一つ残らず保存された。

「水晶を止めろ!」

ヴァルドメルが杖を振り上げるより早く、正面扉が開いた。巡礼者に紛れていた聖務監察官と王都司法官が、白い法衣の列を作る。

監察官は祭壇水晶へ手を触れた。〈神も私の客だ〉という声が聖堂いっぱいに響き、続いて金貨の落ちる音、老女を追い立てる命令、収益の私的返済への転用が再生される。

侯爵は修繕費の領収書を掲げたが、司法官は別の帳簿を開いた。屋根の修理費は王家の文化基金から全額支払済みだった。侯爵は一枚の瓦も自費で買っていない。

シアナが値札を外すと、老女は最前列へ戻った。長椅子に金貨は一枚も残らず、侯爵の署名だけが祭壇上で黒々と浮いていた。後ろの巡礼者たちも、値札の消えた席へ静かに腰を下ろした。

司法官が逮捕状を読み上げた。

「ヴァルドメル・ジーグ。礼拝妨害、強制徴収および公費詐取の容疑により、王国法廷は貴殿を逮捕する」