聞こえる側の席
席替えのたび、彼女は必ず教卓に近い席を選んだ。
くじ引きなのに選ぶ、というのは正確ではない。引いた番号が後ろなら、誰かに頼んで替えてもらう。成績がいいから前に座りたいのだと、みんな思っていた。
今回、彼女は窓際の最後列を引いた。
教室が「大当たり」と騒ぐ中、彼女だけが困った顔をした。僕は廊下側の前から二番目。目立つし、黒板が近すぎるので嫌だった。
「替える?」
何気なく言うと、彼女はすぐにうなずいた。
机を入れ替えたあと、友達に「好きだから譲ったのか」と冷やかされた。否定したが、彼女が特別気になる存在だったのは確かだ。いつも片方の耳へ髪をかけ、先生の口元をよく見ている。その癖を、僕だけが知っている気がしていた。
翌日の英語で、先生が教室の後ろを歩きながら話した。
前の席にいる彼女は、何度も振り返った。質問に答えられず、笑ってごまかした。
放課後、僕は聞いた。
「耳、聞こえにくい?」
彼女はしばらく黙った。
右耳の聴力が弱いのだという。補聴器をつけるほどではないと言われたが、雑音の多い教室では言葉が抜ける。前なら先生の声と口元で補える。
「言えばいいのに」
「大げさにされたくない」
席を毎回交換してもらうほうが、彼女には簡単だった。
僕は担任に話すよう勧めた。彼女は嫌がった。そこで二人で、座席表に小さな印をつける案を考えた。前方で右側から声が入る席。理由は公表せず、次からそこを彼女の優先席にする。
担任は「本人が望むなら」と受け入れた。
次の席替えの日、彼女はくじを引かなかった。教卓の左前に座ることが決まり、教室の何人かが不思議そうにした。
彼女は自分から言った。
「ここが、私には窓際の最後列です」
意味を理解した人は少なかった。それでよかった。
僕は本当に窓際の最後列を引いた。風が入り、校庭が見え、確かにいい席だった。
授業中、彼女が一度だけ振り返った。僕は聞こえるように大きな声を出さず、口の形だけで言った。
「当たり?」
彼女は笑い、同じように返した。
「当たり」
席の価値は、景色でも人気でもない。そこで必要なものが、ちゃんと届くかどうかなのだと思った。