背中を見せる斥候

赤牙ギルドで、斥候キアスは臆病者と呼ばれていた。

敵を見つけると正面から斬らず、口笛を吹いて走る。魔獣を引きつけ、仲間から遠ざけ、崖や沼へ誘う。討伐の瞬間には姿がないため、貢献度は四%だった。

隊長ヴォルクは酒場でキアスの背中を真似し、笑わせた。

「逃げ足だけは首位だ。赤牙に腰抜けはいらん」

追放されたキアスは、斥候笛を机へ置いた。ただし、皆が嫌っていた口笛だけは持っていった。

次の狩りで、ヴォルクは敵を見つけるなり突撃した。森は静かだった。静かすぎることに、誰も気づかなかった。

倒した魔獣の背後から群れが現れ、さらに左右の茂みが動いた。今までキアスが散らしていた敵意が、初めて班へ集中した。盾は正面しか守れず、魔術師は詠唱の場所を失う。

包囲の外から、あの口笛が響いた。

群れの半ばが向きを変える。木々の間を走るキアスの背中を追い、崖沿いへ流れた。彼は転ぶふりをして速度を調整し、倒木を越えた瞬間、隠していた泥袋を蹴った。匂いを失った魔獣たちは互いにぶつかる。

ヴォルクの班は、その隙に脱出した。

帰還後、ヴォルクは不機嫌に言った。

「勝手な救援は規律違反だ。戻りたいなら謝罪しろ」

キアスは斥候笛を拾い、折った。

「背中を見せたのは、あなたたちへ牙を向けさせないためだ。もう、侮辱を受けるためには走らない」

森域監視核が反応し、敵意の流れを可視化した。赤い線は常に班から逸れ、キアスへ集まり、危険地帯の外へ運ばれていた。彼の逃走は、最も苛烈な戦闘だった。

助けられた班員は、過去の戦いを思い返した。キアスの口笛が遠ざかった後だけ、自分たちは安全に剣を振れていた。背中しか見えなかったのは、彼が危険を全部連れて走っていたからだ。

キアスは先遣規程を書き換えた。斥候が危険と判断したら、隊長の面子より撤退を優先する。敵を倒さなくても、仲間を戦わせずに済ませた者を評価する。

ヴォルクは卑怯者と吐き捨てたが、今度は誰も笑わなかった。森の外へ戻れた者たちが、彼との間へ立った。

《脅威誘導・真正査定》

旧評価 四% → 真値 九十一%

総合貢献順位 首位:キアス

役職更新 末席斥候 → 先遣隊長

隊長ヴォルク → 後衛待機要員