花束の領収書

風祭音々は、夫の久世原圭成が受け取る社内表彰用の花束を任された。

圭成は彼女の仕事を「駅前の小さな花屋」と呼び、鏡野梨絵乃との関係を隠す必要すら感じていなかった。

「慰謝料なんて取れる証拠、あるのか?」

表彰式の前夜、圭成は笑った。

音々は、完成した花束の横へ領収書を並べた。

圭成が梨絵乃へ贈った十二束の花。すべて会社の接待費で精算され、送り先は同じマンションだった。注文時のメッセージには、二人だけの呼び名と宿泊日が記されている。配送完了写真には、梨絵乃本人の受領印も残っていた。

「同姓同名だ」と圭成は言った。

音々は花屋の防犯映像を再生した。注文に来た圭成本人と、受け取りに来た梨絵乃。店の会員アプリには二人の端末番号、決済カード、配送先が残っていた。

さらに、花代だけではなかった。梨絵乃が作った架空の取引先へ、圭成が毎月“販促費”を送金していた。音々の領収書を手がかりに監査室が調べると、その会社の口座からホテル代と宝飾品代が支払われていた。

表彰式当日、圭成は最優秀営業賞の席へ座った。梨絵乃は、音々が作った花を受け取るつもりで前列にいた。

壇上へ上がったのは社長ではなく、監査役だった。

「表彰に先立ち、重大な経費不正について報告します」

大型画面に領収書、振込記録、宿泊映像が映る。圭成と梨絵乃はその場で表彰取消し、懲戒解雇を通知された。会社は架空取引分の返還と損害賠償を請求する。

音々の代理人も、慰謝料請求書を二人へ渡した。

会場後方には圭成の両親がいた。父は息子を家業の役員名簿から外し、今後一切援助しないと告げる。

圭成は音々へ手を伸ばした。

「花だけでも渡してくれ」

音々は首を振り、花束を別の社員へ手渡した。圭成の不正を断り、監査へ通報した若手社員への特別表彰だった。

係員が圭成の名を刻んだ賞牌を箱へ戻す。

花束の領収書に監査済みの印が押された瞬間、彼が買った十二束はすべて証拠となり、音々が作った一束だけが、正しい人の手へ渡った。