花束は裏口から

午前五時半、海辺のホテルの搬入口に、白い花束を抱えた男が現れた。

その日は著名な俳優の結婚披露宴があり、正面玄関は報道陣で埋まっている。男は胸に名札を下げ、「新婦控室へ追加のブーケ」と言った。

警備員の雪村環は、名札より花を見た。茎を包む紙が乾いている。早朝に市場から届いた花なら、水滴か冷気が残るはずだった。

「納品台帳を確認します。こちらでお待ちください」

「式場支配人から直接頼まれた。遅れたらあなたの責任だ」

男は搬入口の奥をのぞいた。そこから先は封鎖区画で、厨房と控室へ同じ廊下が伸びている。

雪村は男を問い詰めず、柵の外側にある外側へ案内した。偽物なら逃げるかもしれないが、内側で騒がせれば、位置や出入口を教えることになる。

男の靴底には正面玄関の白い砂がついていた。搬入業者なら地下駐車場から来るため、その砂を踏む場所がない。雪村は疑いを顔に出さず、確認を続けた。

台帳には同じ生花店の納品があった。ただし時刻は午前四時、品目は卓上花で、担当者は女性。雪村は男が示した電話番号ではなく、台帳に登録された店へ連絡した。店長は「追加注文はない」と答えた。

その間、男は花束を床へ置いた。白い花の間から、黒い円筒が一瞬見えた。望遠レンズだった。

応援の警備員が来るまで、雪村は「確認中です」とだけ繰り返した。男が正面へ回ろうとすると、報道受付の場所を教え、敷地外まで誘導した。無理に荷物を取り上げれば、披露宴の映像より「ホテル警備と記者の揉め事」が先に流れる。

式場支配人は後から、名札が昨年の宴会で撮影されたものだと気づいた。雪村は搬入口の名簿を会社名だけでなく、担当者名と納品品目まで読む手順に変えた。花束のように両手を塞ぐ荷物は、証を近くで見せてもらうことも加えた。

午前六時半、本物の生花店が新しいブーケを運んできた。茎には細かな水滴が光っていた。

雪村が受領印を押すと、隣でパンの納品車がクラクションを鳴らす。

披露宴はまだ始まっていない。裏口の朝は、もう次の荷物でいっぱいだった。