花火のない凱旋祝宴
海軍凱旋祝宴の窓外には、百本の花火筒が並んでいた。
ナージャはそれを見ただけで、砲撃を受けた船の記憶が蘇った。乾いた破裂音を聞くと、今でも床へ伏せそうになる。
海軍卿オルフェスは、彼女が窓から目を逸らした瞬間に砲兵長を呼んだ。
「花火を中止しろ」
「凱旋の目玉でございます」
「旗と灯船で足りる」
敵艦隊を一隻残らず拿捕した海軍卿の命令に、砲兵長は逆らえない。オルフェスはナージャへ柔らかな耳栓も差し出した。
「鐘は鳴る。必要なら使え」
「片方だけでも?」
「おまえが楽なようにしろ」
両耳を塞ぐと周囲が分からず不安になることまで、彼は覚えていた。
祝宴の終盤、王妃が勝利の花冠を持って現れた。
「救護船を指揮したナージャ嬢から、海軍卿へ冠と祝福の口づけを」
拍手が起こる。ナージャは花冠だけを受け取った。
「冠は渡します。でも、口づけはしません」
王妃が眉を上げる。
「英雄への感謝ですよ」
「感謝はしています。けれど皆の前では嫌です」
ざわめきの中、侍女が彼女の背を押そうとする。オルフェスが一歩前へ出た。
「触れるな」
その声で、楽団まで音を止めた。
「海軍卿、儀式が成立しません」と王妃が言う。
「冠だけで成立させろ」
「あなたも彼女を望んでいるのでしょう?」
「望むことと、受け取る権利があることは別だ」
オルフェスはナージャへ頭を下げ、冠を受け取った。彼女へ近づく距離も、手を伸ばせば届かない一歩分を残す。
窓外では花火の代わりに、灯船が静かに海へ並んだ。
海軍卿は全将兵へ宣言する。
ナージャは耳栓を右だけに入れた。オルフェスは左右を揃えろとも、外見が悪いとも言わない。さらに窓から遠い席と、外が見える席のどちらがよいか尋ねた。
「外は見たいです。音だけ遠ければ」
「では窓を閉じ、幕は開けておけ」
彼女の恐怖を理由に、景色まで奪わなかった。
席を移すときも、オルフェスは手を差し出すだけで待った。ナージャは自分で立てると首を振る。
「分かった」
彼は先導せず、彼女が選んだ窓際まで半歩後ろを歩いた。
「ナージャの身体は戦勝品ではない。感謝も祝福も、彼女が選んだ形だけを受け取る。口づけを儀礼として求めることを今夜より禁ずる」