落とした錨は何度でも
「手放した物を元の場所へ戻す《拾得》? 落とさなければ済む話だ。無能」
空艇軍の採用試験で、提督シェラードはヘルムを甲板員から外した。
《スキル:拾得――自分が意図して落とした物を、一日以内なら最後に手放した地点へ戻す》
財布や鍵には便利だが、空戦では役に立たない。ヘルムは港で錨鎖の錆を落とす雑役になった。
ヘルムは試しに工具を海へ落とし、昨日手放した作業台の上へ戻した。戻るのは自分の手元ではなく、“落とした地点”だ。ならば高い場所から落とした物は、高い場所へ帰る。提督たちは紛失防止としか見なかったが、彼には同じ落下を何度でもやり直せる仕組みに見えた。空では、高さそのものが弾薬になる。
初任務の日、敵の浮遊要塞が雲を割って現れた。
砲弾は要塞下部の風壁に流され、近づく空艇は雷鎖に絡め取られる。味方艦は高度を失い、シェラードの旗艦だけが上空へ残った。
「弾薬庫、空です!」
「ならば突撃する。舵を要塞へ!」
提督が命じたとき、ヘルムは船首の大錨を見た。
港で毎日磨いた、三人がかりでも動かせない鉄塊。空艇が接岸するたび、彼は巻き上げ機からそれを“落として”いた。
「提督、要塞の真上を取ってください」
「弾もないのに何を落とす」
「一発あれば、何度でも落とせます」
旗艦が要塞上空へ出る。
ヘルムは錨の留め具を外した。大錨が雲を裂き、風壁の薄い真上から要塞の砲塔へ落下する。石と鉄が砕けた瞬間、彼は掌を握った。
「《拾得》」
錨が消え、甲板下の巻き上げ口へ戻った。
鎖を掛け直す必要もない。つい先ほど、彼が手放した地点そのものだ。
再び留め具を外す。
二撃目は動力塔、三撃目は雷鎖の基部。落下するたび錨は速度を得て要塞を穿ち、砕けた直後に空へ戻る。敵兵は同じ鉄塊が何度降るのか理解できず、白旗を掲げた。
沈み始めた要塞を見下ろし、シェラードは提督帽を脱いでヘルムへ被せた。
「弾薬が尽きても、落とした一発を拾い続ける男か。採用試験の判定を破棄する。お前を旗艦の兵装長に任ずる」