藍一色の着物

安西志津は、紬が茶会に着てきた藍一色の着物を見て眉をひそめた。

「祝いの席に無地なんて。実家が織物屋なら、もう少し華やかなものを用意できないの?」

紬は袖に触れ、「祖母が織ったものです」と答えた。藍は光の角度で夜空から朝焼けまで色を変え、縫い目には一本の糸も余っていない。祖母が三年かけ、当主を継ぐ孫のためだけに織った一領だった。紬はその重みを誇示せず、帯を締めた手の温かさだけを覚えていた。

「手織りをありがたがるのは身内だけよ」

志津は親戚へ聞こえる声で笑い、紬を水屋へ回した。茶を運ぶ途中、客の一人が藍の袖を見て立ち上がりかけたが、志津は「安物ですから」と先回りして遮った。その客は工芸館の学芸員だった。紬は騒ぎにしたくなくて、目だけで礼を伝えた。

翌月、志津は友人に誘われ、国立工芸館の特別展へ出かけた。題は『織部家、百年の布』。皇室衣装や国際的ブランドとの共同作品が並び、開場前から報道陣が集まっていた。

志津が招待状を見せると、係員は首をかしげた。

「こちらは安西紬様のご家族枠ですね。ご本人は記者会見中です」

大展示室の壁一面に、あの藍色が揺れていた。説明板には『織部家当主・千代の最終作。後継者、紬へ』とある。

美術館長が壇上で紹介した。

「織部家は染織工房だけでなく、繊維企業、服飾学校、文化財団を束ねる創業家です。世界的な服飾企業の筆頭株主でもあり、その資産は工房の素朴な外観からは想像もできない規模でした。本展の新理事には、安西紬様が就任されます」

紬が現れると、海外ブランドのデザイナーたちが順に握手を求めた。志津が着物をけなした友人たちも、息をのんで見つめている。先日の学芸員は記者会見の司会を務め、紬の袖を『百年の技法が到達した夜明けの藍』と紹介した。巨大スクリーンには糸一本まで拡大され、会場からため息が漏れた。

「紬さん、その着物は……」

「祖母が、私の継承式のために織ってくれました」

館長が志津の前で立ち止まった。

「これほど深い藍は、織部家の当主しか着用を許されません。市場価格を付けられない国指定の技法です」

志津は、自分の派手な量産着物の袖を隠した。

その瞬間、会場中央の幕が上がり、巨大な家系図の最下段に金文字が灯った。

『第十六代当主 織部紬』