裾の折り目
夏用の制服ズボンには、二本の白い線が残っていた。
前の持ち主が裾を上げていた跡だ。
父の知り合いから譲ってもらったもので、母が夜中に糸をほどき、私の長さに合わせた。新品を買う余裕がないことは分かっていた。
それでも衣替え初日、線が気になった。
階段で後ろの生徒に見られている気がする。教室では椅子に深く座り、裾を机の影へ隠した。
昼休み、向かいの席が気づいた。
「そこ、線ある」
胸が縮んだ。
「洗えば消える」
早口で答えると、相手は自分のズボンの裾を上げた。
内側に、もっと濃い折り目があった。
「兄のお下がり。去年はここだった」
指で古い線を示す。
「一年でこんだけ伸びた」
自慢するように笑った。
私は自分の線を見た。誰かがこの長さで歩いていた記録。今は私の足に合わせ、先へ伸ばされている。
「前の人、背が低かったのかな」
「今の自分が伸びたってことにしとけば」
「今日から着たのに?」
「気持ちは伸びた」
くだらなくて笑った。
放課後、体育館で進路説明会があった。専門学校、大学、就職。配られた紙には、家から通えない学校も並んでいた。
私はずっと、金のかからない選択だけを考えていた。
帰り道、裾の線が夕日に照らされた。
「行きたいところある?」
隣を歩く友達が聞いた。
「あるけど、遠い」
「裾、伸ばしたんだから、そこまで歩けば」
簡単に言うなと思った。でも、少しだけ嬉しかった。
家で母に、県外の学校のパンフレットを見せた。すぐに賛成はされなかった。それでも、奨学金を一緒に調べることになった。
夏の終わりには、ズボンの白い線は少し薄くなった。
完全には消えなかった。
私はそれでよかった。
今の長さへ直した跡が残るように、進路も、家の事情も、なかったことにはできない。
その線を越えて歩くたび、自分の足で伸ばした裾だと思えるようになった。
卒業写真では、裾の線はほとんど見えなかった。けれど私は知っていた。遠くの学校へ向かう足元には、家族と友達が伸ばしてくれた余白がある。