裾上げ三センチ

黒岩真人の部屋だけ、夜になると丸見えだった。

入居時からカーテンがない。向かいは解体予定の倉庫で、人目はないと言い張るが、冬の冷気まで防げない。共同費で買おうと提案すると、真人は「来月には出る」と断った。それを半年続けている。

ある晩、藤巻郁人がリビングの古いカーテンを外した。模様替えで余った二枚だ。

「丈が長い」

真人は床を引きずる布を見た。

「切る」

「お前、裁縫できるの」

「動画なら見た」

二人は食卓へ布を広げた。真人が測り、郁人がチャコペンで線を引く。ところが窓の左右で床の高さが違い、同じ長さにすると片側だけ三センチ余った。

「この家、傾いてるな」

「今さら気づいた?」

「だから皆、長居しないのか」

「長居した奴ほど言わない」

真人は前の恋人と住んでいた部屋を追い出され、この家へ来た。荷物はスーツケース一つ。壁に写真も貼らず、住所変更もしていない。家が傾いている話をするときだけ、少し安心した顔をする。自分が落ち着けない理由を、建物のせいにできるからだ。

裾を折り、アイロンで癖をつけ、まち針を打つ。郁人の縫い目は蛇行した。真人が見かねて針を取る。

「細かいな」

「実家で制服の裾を直してた」

「誰の」

「弟の。今は連絡してない」

ミシンはない。二人で一本ずつ手縫いした。右は三センチ、左は六センチ折る。外から見れば同じ高さになる。

縫い終わる頃には指先に小さな針跡が増えていた。吊るすと、隙間から漏れていた街灯が消えた。部屋は急に、誰かが暮らす場所らしくなった。

郁人が余った布を片づける。

「退去するときは置いてけよ。共用品だから」

「来月な」

「はいはい」

真人は窓を閉め、初めて暖房をつけた。暖気が逃げない。スーツケースから部屋着を出そうとして、底にしまっていたハンガーを一本取り出す。

翌朝、廊下の共有カレンダーで、真人の退去予定と書かれた月末の印が消えていた。代わりに、その日の欄へ〈カーテン洗濯・真人〉とある。郁人は何も聞かず、共同洗剤の残量だけ横に書き足した。