見えない誕生日

誕生日の朝、女性には誰からも連絡がなかった。

職場でもいつも通り。

友人との食事も数日前に延期された。

自分がいなくても誰も困らないと、少し本気で思った。

駅前でもらった透明薬は、

「一日だけ、あなたを忘れている人から見えなくなります」

と書かれていた。

飲んで出社すると、何人かには見え、何人かには見えなかった。

隣席の同僚は普通に挨拶した。

上司は女性の机を空席だと思い、書類を置いた。

長い付き合いの友人へ会いに行くと、姿が見えなかった。

女性は傷ついた。

誕生日を忘れた人から消える薬だと思った。

昼休み、見えないまま友人の働く店へ入った。

友人は電話で誰かへ言っていた。

「今日、会えなくて本当に悪い。母の検査で」

相手は別の友人らしい。

「誕生日のケーキ、明日にずらして。本人、こういうの気にしない顔するけど、気にするから」

女性は立ち尽くした。

友人は誕生日を忘れていない。

では、なぜ自分が見えないのか。

薬の説明を読み直す。

「あなたを忘れている人」は、誕生日ではなく、その瞬間に存在を意識していない人のことかもしれない。

人は目の前にいない相手を、常に思い続けてはいない。

それは大切でないという意味ではない。

職場へ戻る。

上司にはまだ見えない。

隣席の同僚は女性へ菓子を差し出した。

「顔色悪いですよ」

誕生日は知らない。

それでも今、女性を見ている。

夕方、薬の効き目が切れた。

上司は突然現れたように驚き、

「いたの?」

と言った。

女性は以前なら笑って済ませた。

「朝からいました。机へ書類を置く前に、声をかけてください」

上司は気まずそうに謝った。

帰宅すると、家族から遅い電話が来た。

皆、日付を一日間違えていた。

女性は少し怒り、

「今日です」

と訂正した。

電話の向こうで大騒ぎになり、急ごしらえの歌が始まった。

翌日、友人のケーキを食べた。

「忘れてた?」

女性が尋ねると、

「何を?」

友人はわざととぼけた。

「私のこと」

「四六時中は無理」

二人で笑った。

見えない一日は、誰が自分を大切にしているか判定する日にはならなかった。

代わりに、思われていない瞬間があっても、必要なとき自分から「ここにいる」と言ってよいと教えた。