記念日のない木曜日

紗英は駅前のベンチで、ぬるくなったミルクティーを飲んでいた。帰宅する前に少しだけ座りたかった。部屋に帰れば静かで、静かなことを喜ぶべきなのに、今夜はその静けさが先に待っているようだった。

SNSを開くと、友人の交際五周年の動画が流れた。二人で笑う短い場面がつながれ、最後に花束と指輪が映る。〈これからもよろしく〉。音楽に合わせて、五年が三十秒でまとまっていた。

紗英には、去年別れた恋人との写真がまだ端末の奥にある。交際期間は二年と四か月。記念日もあったし、喧嘩も、何も話さない夜もあった。終わった関係は、SNSでは最初から存在しなかったようになる。

動画へ「おめでとう」と送る。心からそう思う部分と、画面を閉じたい部分が同時にあった。どちらが本心か決めようとすると、どちらも薄くなる。

ミルクティーのレシートには、購入時刻が二十時十八分と印字されていた。この木曜日には、誰かとの記念日ではない時刻しかない。仕事でミスをして、上司に謝り、帰りの電車で座れず、いまベンチにいる。それだけだった。

隣では高校生らしい二人が、一つのイヤホンを分けていた。風がスカートの裾を揺らした。紗英は視線を外し、カップのふたを指で押した。

恋人がいない今を、次の恋までの空白と呼ぶのは簡単だ。でも空白なら、早く埋めなければならない気がする。紗英はその呼び方をやめてみた。これはただ、誰とも記念日ではない木曜日だ。

動画を保存する代わりに、ベンチから見える街路樹を一枚撮った。葉は暗く、写真としてはぶれていた。投稿する予定はない。

五年後に見返しても、意味は分からないかもしれない。それでも今夜ここにいた証拠にはなる。

紗英は残りのミルクティーを飲み切った。甘さは底に溜まっていて、最後だけ濃かった。誰かと続かなかったことと、今夜を一人で終えることは、同じ失敗ではない。

記念日のない日にも日付はある。紗英は空のカップを捨て、家へ帰るために立ち上がった。