証人席の向こう側

仁科美智瑠は、夫・史朗を奪った大型トラックの運転手を、七年間憎み続けた。

深夜の高速道路で、史朗の車が中央分離帯へ衝突し、後続のトラックに押し潰された。運転手の大曲郁人は前方不注意を認めたが、「乗用車が突然車線へ入った」と主張した。証拠は焼け、真相は決まらないまま、執行猶予付きの判決が出た。

美智瑠は交通遺族の会を立ち上げ、郁人の勤務先へ抗議し、講演で彼の名を語った。郁人が職を失ったと聞いた夜だけは眠れた。怒りがなくなれば、史朗まで失う気がした。

死者証言回線が試験開放されると、真っ先に申し込んだ。死者の言葉に法的効力はない。それでも、夫の口から「あいつのせいだ」と聞ければ十分だった。

接続すると、史朗は懐かしい声で言った。

『美智瑠、もうやめてくれ』

「何を?」

『大曲さんを追うのを』

「あなたを殺した人よ」

『違う。居眠りしたのは僕だ』

美智瑠は笑った。悪い冗談だと思った。

史朗は、事故の前の数週間、会社で徹夜が続いていたと話した。サービスエリアで休むつもりが、帰宅を急いだ。意識が飛び、車線を越えた。トラックは避けきれなかった。

「どうして警察に分からなかったの」

『僕が言えなかったからだよ。死んでたから』

「じゃあ、私は七年も、何をしてたの」

『生き延びるために、怒ってた』

その言葉は慰めではなかった。美智瑠が配った糾弾文書も、郁人の娘が転校したことも、取り戻せない。

翌週、美智瑠は郁人の家を訪ねた。謝れば許されると思わない、と最初に言った。郁人は長く黙り、「私も、あの人を避けられなかった自分を七年責めました」と答えた。

遺族の会を解散はしなかった。活動内容を、運転手個人への厳罰要求から、長時間労働と夜間運行の改善へ変えた。反発して去る会員もいた。

講演で史朗の名を出すとき、美智瑠はもう「被害者」とだけ呼ばなかった。自分についても、「遺族だから常に正しい人間」ではないと話した。

眠気を軽く見て、帰宅を急ぎ、事故を起こした一人の人間として話した。

愛することは、無実にすることではないと、死者の声に教えられた。