赤ペンの授業
鷺沢透子の授業案は、赤松院登の赤ペンで真っ赤になった。
「新人は奇をてらわず、教科書を読ませればいい」
地域の川を題材に、児童が古い地図と現在の写真を比べる授業。赤松院は「準備が多い」と却下し、透子には自分の採点と保護者文書まで回した。
透子は却下されたあとも、放課後に図書室で古地図を複写した。児童が川沿いで撮った写真には、橋の影や空き地の草まで写っている。答えを教えるのではなく、同じ場所がなぜ違って見えるかを考えさせたかった。
赤松院はその資料箱を持ち去り、「保管しておく」と鍵を掛けた。透子は複写していた一組を、子どもたちの机へ置く順番どおりに並べ直した。
ところが県の公開授業の日、配られた指導案は透子のものだった。題名も問いかけも同じで、授業者欄だけ《赤松院登》に変わっている。
「研究主任として直してやった。君は後ろで機材を動かせ」
授業が始まると、子どもたちは川の流れが変わった理由を次々に話した。赤松院は予定された問いの意味を理解しておらず、答えを急いで黒板へ書く。透子が用意した古地図の順番も間違えた。
参観していた県の指導主事が、授業後の協議で尋ねた。
「この案は、今年の教材研究公募で最優秀となったものですね」
赤松院は胸を張った。
「ええ。私が長年温めてきました」
公募は匿名だった。校内から提出したのは透子一人で、結果通知は校長宛てに届いていたはずだ。
指導主事は、応募時の原稿をスクリーンへ出した。クラウド上の作成履歴には、透子の調査写真、児童の予想、雨天時の代案まで六十一回の更新が残っている。赤松院の編集は前日の一回。《授業者名》を自分に替えただけだった。
「共同研究です」と赤松院が言う。
校長は初めて見る画面を凝視した。通知書を保管していたのは研究主任の赤松院だった。
指導主事は次回の県大会用プログラムを開き、授業者欄へカーソルを合わせた。
「最優秀案の授業者を、鷺沢透子先生に訂正します」