足場の空いた一段
強風予報が出た夜、外壁改修の足場は低い唸り声を出していた。
丹羽朔也の依頼は、翌朝から塗装班が入れるよう、最上段まで作業床を点検することだった。足場は組立検査を通っている。壁つなぎも図面どおり。若い作業員は「揺れるのは高いからですよ」と笑った。
朔也は十二階で立ち止まった。上を見ると足場全体がゆっくり動くのに、十一階の一間だけ、半拍遅れて戻る。船の綱がたるむときの動きに似ていた。
「この列、下まで降りるぞ」
一階には店舗の古い庇が張り出していた。その真上だけ、壁つなぎを設ける穴が取れず、組立班は二階上へ追加して帳尻を合わせていた。数量は合っている。だが固定する位置が空いたままだから、風を受けた力がその一間へ集まる。
朔也は根がらみを踏み、錆の粉が落ちる場所を見つけた。微かな往復で金具が擦れている。
「塗装班はこの列へ入れない。下から閉鎖する」
「明日の工程が飛びます」
「人が飛ぶより先に飛ばせ」
壁へ穴を増やせない以上、朔也は庇をまたぐように鋼管を組み、両側の固定部へ力を逃がした。作業床の資材も一時的に下ろす。上に置いた塗料缶は、風では小さく見えても、落ちれば凶器になる。
午前三時、突風が来た。養生シートが大きく鳴ったが、半拍遅れていた一間は、周りと同時に戻った。朔也はもう一度最上段まで上がり、金具へ白い確認線を引いた。
朝、塗装班の班長が閉鎖札を見て顔をしかめた。
「半日遅れか」
朔也は庇の上に積んだ新しい鋼管を示した。
「午前中に本設へ替える。午後から上がれる」
班長は文句を飲み込み、代わりに缶コーヒーを足元へ置いた。
閉鎖札には理由も書いた。単に「立入禁止」では、朝の班が急いで外すかもしれない。朔也は揺れた一間を図へ赤く囲み、外してよい条件まで引継ぎ簿へ残した。
風が止んだ瞬間にも、金具の緩みだけは元へ戻らない。
朔也が一口飲む前に、隣棟の足場から「シートが外れた」と無線が入る。風は、工程表の棟番号を読んではくれなかった。