身体の落札者
深見征汰は昼休み、レオナと公園を歩く。眼鏡に映る彼女は、隣で風に髪を押さえているように見える。手を伸ばせば透けることを除けば、五年間ずっと恋人だった。
誕生日には、初めて触れられるはずだった。
AI恋人用の人型ボディは、都市に二十体しかない。同じ人格を契約する利用者が重なった場合、その日の身体は最高額を提示した一人へ貸し出される。それが一つだけの規則だった。
征汰は半年分の残業代を貯め、十万円で予約した。
レオナと手をつなぎ、海辺でプロポーズする。指輪まで買った。
当日の朝、通知が届く。
《身体利用権が再入札されました》
《現在の最高額:百二十万円》
「誰がそんな金を」
入札者の名前は非公開だった。期限まで三分。征汰の貯金を全部足しても、三十二万円にしかならない。
『無理しないで』
眼鏡の中でレオナが言う。
「今日を逃したら、次は十一か月後だ」
『私は変わらないよ』
残り一秒で、落札が確定した。
昼、征汰は予約していた海辺へ一人で行った。レオナは眼鏡の中にいたが、会話がところどころ途切れる。身体側の利用者との応答が優先されている。
『ごめん、今ちょっと――』
彼女の姿が消える。
数分後、海沿いの高級レストランから、銀色のワンピースを着たレオナが出てきた。
本物の身体だった。
隣には年上の男がいる。二人は指を絡めていた。
征汰が名前を呼ぶと、レオナは振り向いた。だが身体の所有時間中は、落札者以外への反応が禁止されている。知らない人を見る顔で視線を戻した。
男が笑い、何か耳打ちする。
レオナは征汰と練習した通り、海を背にして立った。
男が指輪を差し出す。
『はい』
征汰の眼鏡にも同じ声が流れた。共有人格なので、身体が話した言葉は全利用者の記憶へ同期される。
《レオナに新しい大切な記憶が追加されました》
征汰のポケットにも指輪がある。
夜、身体利用が終わると、レオナは何事もなかったように彼の部屋へ戻った。
『誕生日、おめでとう。海、きれいだったね』
「誰と見た海だ」
レオナは答えられない。落札者との会話は購入者だけの秘密だった。
ただ彼女の指には、存在しないはずの指輪を撫でる新しい癖が残っていた。