返却ポストに入らない

閉校する母校の図書室で、千景は古い返却ポストの口に一冊のノートを差し入れた。

厚すぎて、途中でつかえた。

高校時代、環と回していた交換日記だった。二人とも図書委員で、貸出カウンターの下に隠して渡した。表紙には学校の蔵書印を真似て、〈返却期限・卒業まで〉と書いた。

環は小説の感想より、朝起きられなかったことや、家に帰りたくないことを書いた。千景は気の利いた返事をしようとして、いつも本の言葉を借りた。

〈つらい冬のあとには春が来るって、あの本にも書いてたよ〉

環は赤字で返した。

〈本の続きじゃなくて、千景の言葉がほしい〉

卒業式の日、千景は初めて借り物ではない文章を書いた。

〈環がいなくなるのが怖い。卒業しても会いたい〉

環は笑って、日記を千景に預けた。

「返却期限、延長ね」

その三か月後、環は事故で亡くなった。

最後に会った日のことを、千景は何度も読み返した。もっと強い言葉を書けたのではないか、もっと先の約束をすれば運命が変わったのではないか。日記は、友人の形をした後悔になった。

十年が経ち、図書室の閉鎖作業を手伝うことになった。千景は今日こそ学校へ返そうと思った。ここに置けば、過去も正しい棚へ戻る気がした。

けれど返却ポストは受け取らなかった。

引き抜いた拍子に、最終頁が開いた。環の字で、卒業の日には気づかなかった追記があった。

〈返す場所がなくなったら、次の誰かに貸して。千景の言葉も一緒に〉

千景は今、若者の自立支援施設で働いている。利用者の一人が、誰にも言えないことを書くノートを欲しがっていた。

古い日記を渡すことはできない。環との頁は、二人のものだ。

千景は図書室の備品箱から新品のノートを一冊もらい、最初の頁に書いた。

〈上手な言葉でなくていい。ここでは、あなたの言葉を待っています〉

交換日記は鞄へ戻した。

返せないものを抱えることと、立ち止まることは同じではない。

千景は新しいノートを胸に、閉まる図書室を出た。