返却日の折れ目

町の図書館では、翌日最初に落とされる本だけ、閉館後に一頁が折れた。

司書はその本を低い棚へ移し、通路へ台を置かないようにした。

絵本、旅行記、分厚い辞書。

予告された本は翌日、子どもの手や老人の鞄から滑った。

司書が近くにいれば受け止め、間に合わなければ傷を確かめた。

ある夜、料理書の百四十七頁が折れていた。

その本は、半年前から同じ男性が何度も延長している。

亡くなった妻が最後に借りた本で、しおりも百四十七頁へ挟まれたままだった。

翌日、男性が返却カウンターへ来た。

本を差し出す手が震えている。

司書は落ちると分かっていたが、先に受け取らなかった。

本は床へ落ち、百四十七頁が開いた。

そこには、簡単な野菜スープの作り方。

余白へ妻の字で、

「塩は半分。あの人は濃い味が好きすぎる」

と書かれていた。

男性は頁を見たまま動かなかった。

「返したら、妻が読んでいた時間まで図書館へ戻る気がして」

だから延長を繰り返していたという。

司書は、

「期限をまた延ばせます」

と言った。

男性は首を振った。

「それだと、ずっと百四十七頁です」

本を拾い、自分の手でカウンターへ置いた。

返却処理の音が小さく鳴る。

司書は同じ料理書をもう一冊探そうとしたが、男性は別の本を借りた。

初心者向けの一人分の料理本だった。

一週間後、男性が小さな容器を持ってきた。

百四十七頁のスープを作ったという。

塩を半分にしたら薄すぎて、胡椒を足した。

「妻なら怒るでしょう」

「今の味は、どなたのですか」

「私の失敗です」

二人で一口ずつ飲んだ。

料理書の折れ目は修理した。

妻の書き込みは規則上消すべきだったが、司書は薄い保護紙をかけて残した。

個人の言葉ではなく、その本が歩いた時間の一部として。

翌日の落下を予知しても、本を永遠に床から遠ざけることはできない。

手から離れ、拾われ、別の読者へ渡ることで、頁の先へ進める本もある。

男性はその後、毎月違う料理本を借りた。

返すときは両手で持ち、落としても自分で拾える高さからカウンターへ置いた。