返却期限は十八時

十七時五十七分。大学図書館の閉館まで三分だった。

藤枝澪子はカウンターで返却本を積みながら、私物の携帯を職員ロッカーへ入れた。勤務中は触らない。それが彼女自身の決めた規則だった。

同じころ、湯浅景吾から一通のメッセージが届いていた。

〈借りてた本、返す。二百十四頁だけ見てほしい〉

画面は暗い。既読はつかない。

景吾は今夜の列車で町を出る。就職先を巡って喧嘩し、「一緒に来て」とも「残って」とも言えないまま、二週間が過ぎた。彼が借りていた小説は、初めて話したきっかけの本だった。澪子が好きな文章に薄く鉛筆で線を引き、景吾がその隣へ小さな疑問符を書く。二人だけの往復書簡になっていた。

十七時五十九分、返却口に本が落ちる音がした。

澪子は作業を止めなかった。閉館後にまとめて処理する決まりだ。

十八時、正面玄関の向こうを景吾が横切った。大きな鞄を肩に掛け、振り返らない。澪子はガラス越しに見つめたが、呼べなかった。彼が何も言わず本だけ返したことを、答えだと思った。

玄関を施錠し、照明を半分落として携帯を取り出す。

未読だった一通に触れた瞬間、景吾の名前の横に既読がついた。

澪子は返却口から本を拾い、二百十四頁を開いた。栞代わりに、今夜十八時七分発の入場券が挟まっている。裏には景吾の字があった。

〈西口で十分待つ。来たら、この町に残る。来なかったら、この本みたいに、ちゃんと返す〉

時計は十八時二分。西口までは走って四分。間に合う。

澪子は本を抱えて外へ出ようとした。だが自動扉は閉館設定で開かない。警備解除の鍵は主任が持っている。内線をかける。応答がない。

十八時六分、ようやく扉が開いた。

駅へ走る途中、景吾へ〈残って〉と打つ。送信した画面には、灰色の印が一つだけ。彼はもう携帯の電源を切ったのだろう。

十八時七分、踏切の向こうを列車が通り過ぎた。

澪子の手には、使われなかった入場券が残る。裏の言葉は、雨粒で滲んでいた。

図書館へ戻ると、返却処理画面が開いたままだった。

澪子は二百十四頁を閉じ、本のバーコードを読み取った。