迷子放送は服装から

普通の声で人の名を呼ぶと一分、駅の放送で迷子の名を呼ぶと一時間、その人の寿命が減る。だから案内係は、年齢、服装、持ち物だけを読み上げる。本人にしか分からない特徴を一つ入れるのが規則だ。

七尾省吾が夕方の放送席にいたとき、赤い長靴の男の子がいなくなった。母親は申請用紙の氏名欄を埋め、震える指で囲んだ。

「名前を呼んでください。この子、呼ばれないと振り向かないんです」

「十二番線まで流れます。一時間です」

放送申請書には、呼名する場合だけ砂時計を貼る欄がある。母親の指は予備の砂時計を何度も撫でたが、封を剥がせなかった。砂の色は、子どもの長靴と同じ赤だった。

「一時間くらいなら」

母親はそう言ったが、寿命票の保護者確認欄で手を止めた。子どもの残り時間を親は見られない。

省吾は特徴を尋ねた。赤い長靴、恐竜の傘、青いリュック。どれも駅に何人かいた。

「本人だけ分かることは?」

「今朝、歯が抜けました。持っていたはずです」

省吾はマイクを入れた。

「赤い長靴と青いリュックで、今朝抜けた歯を右のポケットに入れている方。お母さまが銀色の改札で待っています」

三分後、清掃員が十二番線のベンチ下で男の子を見つけた。右手に乳歯を握り、左足は裸足だった。長靴の片方を線路へ落としたらしい。

母親は抱きしめながら、子どもの名を一度だけ呼んだ。人の声なら減るのは一分だ。男の子は初めて振り向き、手の中の歯を母親へ渡した。

省吾は放送終了票を閉じた。二十年前、妹がこの駅でいなくなったときの票が、同じ引き出しに残っている。省吾の母も、最後まで砂時計の封を剥がさなかった。妹の一時間を守ったことを、母は死ぬまで正しかったとも間違いだったとも言わなかった。名前は一度も放送されず、特徴欄には「黄色い傘、左の靴紐だけ蝶結び」とあった。見つからなかった。

終電後、保線員が線路から赤い長靴を拾ってきた。中には乳歯ではなく、小さな黄色い靴紐が一本入っていた。

省吾はそれを遺失物袋に入れた。袋の氏名欄は空白のまま、透明な底で白い歯が一粒、時刻表の振動に合わせてかすかに転がっていた。