追放醸造師の一房
宮廷醸造師ユルドは、王の祝宴へ水で薄めた酒を出すことを拒み、辺境へ追われた。
与えられた丘は石ばかりだったが、南向きで風がよかった。
彼はそこへ葡萄を植え、一本の蔓だけを毎朝世話した。
一年目は根付かず、二年目は遅霜で花が落ちた。三年目も鳥に狙われ、ユルドは古い酒瓶を吊るして光を散らした。失敗のたび土を替え、枝の向きを変えた。誰も褒めない三年が、一本の蔓に積もっていた。
三年目の秋。
その蔓に、初めて紫の房が一つ実った。
ユルドは鋏を磨き、房の下へ掌を添えた。
切るのは一度だけ。ちきり、と小さな音がして、三年分の重さが手に落ちる。
粒の表面には白い粉が薄く付き、日の光を柔らかく返していた。一粒つまむと、皮が張っていて、指先に冷たい。
房の重さを量るための天秤は持ってきたが、皿へ乗せずにしまった。今日知りたいのは売値でも糖度でもない。三年待った自分が、最初の一粒をうまいと思えるかどうかだけだった。
丘を下りる前に、黒塗りの馬車が来た。
王室酒庫の監督官が、金の杯を持って降りる。
「王都の樽がすべて酸っぱくなった。陛下は、あなたが戻れば罪を赦すと仰せだ」
「私に罪があったのか?」
監督官は答えず、帰還状を差し出した。
ユルドは房を抱えたまま小屋へ入り、書状を窓辺に置いた。
葡萄はまだ酒ではない。だからこそ今日は、酒にせず食べると決めていた。
井戸水で一粒ずつ洗う。青い皿へ房を置き、固い山羊乳チーズと黒パンを切る。
パンを炉で炙ると、皮がぱちぱち鳴った。
葡萄を噛む。皮が弾け、濃い甘みのあとに、丘の風のような酸味が走る。三年待った味は、一言では褒められないほど複雑だった。
監督官が喉を鳴らす。
「一粒だけでも、陛下の鑑定用に」
「最初の房は売らない」
「では誰のために?」
「育てた者のためだ」
ユルドはもう一粒食べ、チーズをかじった。
明日から他の房も摘める。やがて樽を満たす日も来るだろう。だが今夜は、この一房で十分だった。
「返事は?」
「食後だ。酒も葡萄も、急かす者にはいい味を返さない」
監督官の金杯は空のまま、青い皿だけが少しずつ軽くなった。
封の切られていない帰還状の向こうで、夕日が葡萄色に丘を染めていた。