逃げた日の写真
翠子姉ちゃんは、私を救った人だ。
母が私の進学を断り、住み込みの仕事まで勝手に決めた夜、姉ちゃんは「今しかない」と手を引いた。二人で裏口から出て、始発に乗った。あの日の写真を、姉ちゃんは今もお守りにしている。私が一人暮らしを考えたときも、転職を迷ったときも、画面を拡大して『この顔を忘れたの』と見せた。写真の中の私は、いつも現在の私より正しかった。
駅のベンチで撮った一枚。私は泣き腫らし、姉ちゃんは笑っている。背後の時計は四時五十分を指しているのに、窓の外だけ妙に明るい。
「夏だったから」と姉ちゃんは言う。
もう一つ、写真の端には私の赤い旅行鞄が写っている。逃げる直前に荷物を詰めたはずなのに、母に隠されていた青い名札まできれいに付いていた。
私は気にしなかった。混乱した日の記憶なんて、そんなものだ。姉ちゃんは写真を撮った端末をもう捨てたと言い、元データを探すことだけは強く嫌がった。
五年後、クラウドの容量を整理していて、同じ写真の元データを見つけた。撮影時刻は、母と大喧嘩した夜の前日、午後四時五十分。駅ではなく、姉ちゃんの友人宅の最寄りだった。
続けて保存されていた画面写真には、姉ちゃんから母へ送られた文章があった。
〈果歩が明日の夜、家を出るって。住み込み先も断るつもりみたい〉
母が私の計画を知っていた理由を、私は一度も考えなかった。
姉ちゃんに見せると、顔色ひとつ変えなかった。
「果歩は一人じゃ逃げられなかった。追い詰められなきゃ、ずっと家にいたでしょう」
姉ちゃんは、母を怒らせ、逃げ道を一つにした。自分の友人宅だけを安全な場所として用意し、私の担任へは『果歩は進学を諦めた』と先に連絡していた。それから五年間、私が就職や交際を考えるたび、「また判断を間違える」と写真を見せた。
私は写真を削除し、荷物をまとめた。
「どこへ行くの」
「自分で決める」
姉ちゃんは笑った。母と同じ、相手の決意を子どもの癇癪に変える笑い方だった。
玄関を出る直前、共有アルバムに新しい写真が追加された。
タイトルは〈果歩がまた逃げた日〉だった。