逆光のエレベーター

社長が毒を飲んだ朝、秘書はエレベーターにいた。

役員室の給湯室は監視カメラの死角で、そこに置かれた水差しから毒物が検出された。秘書には動機があり、八時五十八分に役員階へ着き、九時一分に降りる姿がエレベーター内の映像に残っていた。三分あれば給湯室へ行ける。

映像の秘書は、扉が開くたびに眩しそうに目を細めた。朝日が廊下から差し込み、鏡面の壁を白く染めている。だが役員階の窓は西向きだった。

秘書の頭上にある情報モニターには、株価指数が「前日比」とだけ表示されていた。総務は、通信障害で前日の終値が残ったのだと説明した。

秘書はその朝、取引先とのオンライン会議に出ていたと主張した。参加記録はあるが、カメラを切っていた時間が三分ある。警察は、スマートフォンから接続したままエレベーターへ乗ったのだろうと疑った。

給湯室のカップには秘書の指紋があった。だがそれは前日から置かれていた私物で、毒物が付着した水差しには触れていない。施設担当役員は、カメラが秘書の移動を証明している以上、指紋の有無は問題ではないと繰り返した。映像の三分間だけが、ほかの証拠より重く扱われていた。

私はエレベーターの保守記録を調べた。映像装置は点検モードに入ると、伝送試験のため登録済みの基準映像を繰り返し監視盤へ送る。基準映像は毎日前日の同時刻に自動更新される、古い仕様だった。

毒殺の朝、八時五十七分から九時四分まで、エレベーター棟だけ点検モードに切り替わっている。管理記録上は「映像出力正常」となるため、誰も画面の中身を疑わなかった。

私は前日の同時刻の映像を取り寄せた。西向きの窓へ朝日が入るはずはない。しかし前日は、廊下の清掃用投光器が点検され、東側から強い光を当てていた。情報モニターの株価も、映像の日付なら正しい。

秘書が三分間エレベーターにいたのは、毒殺当日ではなく前日だった。

当日の映像は残っていない。その停電を申請したのは施設担当役員で、社長の死後、ただ一人だけ水差しを廃棄しようとして止められていた。

社長が毒を飲んだ朝、秘書はエレベーターにいた――画面の中では。

だがその朝、エレベーターに閉じ込められていたのは人ではない。昨日の三分間だった。