透明感のお知らせを切る
五百旗頭果歩のスマートフォンには、夜九時になると同じ種類の通知が届く。
《くすみを翌朝に持ち越さない》
《夏の透明感は今から》
《あと三日、白さを諦めないで》
色の濃い肌を気にしていた果歩は、その言葉を自分への注意だと思ってきた。化粧水、美容液、ピーリング、夜用のクリーム。新しい商品が届くたび、洗面台の瓶が一列増えた。
姉妹で撮った写真を見ると、自分だけ影の中にいるように感じた。明るさを上げれば背景まで白く飛ぶのに、果歩はそれを「少し整えただけ」と保存した。
肌は白くならず、代わりに頬が薄くひりついた。なのに休むと「努力をやめた顔」になる気がして、赤みの上へまた液を塗った。
海辺の町へ日帰り出張した夜、果歩は駅のホームで電車を待っていた。仕事先からもらった紙袋には、余った資料と小さな焼き菓子が入っている。潮風で前髪がべたつき、頬には日焼け止めの白い筋が残っていた。
九時ちょうど、画面が光る。
《本日の美白ケアはお済みですか?》
果歩は反射的に通知を開いた。肌診断の丸いゲージが表示され、「継続十二日」と褒めてくる。その下に、休むと記録が途切れるという赤い文字があった。
電車が来るまで四分。果歩は商品ページではなく、右上の設定を押した。通知、キャンペーン、診断リマインド。三つのスイッチが青く並んでいる。
指を置くと、一瞬だけ惜しくなった。努力している証拠まで消えるような気がした。
ホームへ風が吹き、紙袋の口が鳴る。果歩は三つとも灰色にした。定期購入の次回分も停止する。画面には「再開はいつでもできます」と出たが、その文を読み返さず閉じた。
記録の十二日間は途切れた。けれど、途切れたのは肌を責める時刻の方だと考えると、電車の到着音が少し近く聞こえた。
帰宅後、果歩は顔を洗った。棚から手に取ったのは、香りのない保湿剤だけだった。鏡の中の肌は、朝と同じ色で、少し赤い。
白くなったわけではない。好きになれたわけでもない。
けれど九時を過ぎた部屋は静かだった。
果歩はスマートフォンを伏せ、焼き菓子の包みを開いた。誰にも急かされない夜の色が、テーブルにそのまま残った。