金の耳標が覚えた声

王都競売場で、調教師オズベルト・ラーンは、暴風馬グリセルの手綱を引いた。

「誰にも触れさせなかった魔獣を、私が七日で従えました」

観客席からどよめきが起こる。グリセルは人を三人蹴り飛ばした危険種だ。牧場の下働きメーヴィ・コルカが半年かけて恐怖を解いたことは、契約主には伏せられていた。

オズベルトは彼女を指さした。

「餌運びが、自分の手柄だと言い出しましてね」

笑い声に驚いたグリセルが身を震わせる。メーヴィは一歩だけ前へ出たが、オズベルトに鞭で制された。

「近づくな。こいつが従うのは私だけだ」

競売官が確認した。

「では、調教完了の所有宣誓を」

「もちろん」

オズベルトはグリセルの金の耳標へ自分の印を押した。高値で売るには、調教師本人が全責任を負う宣誓が必要だ。

耳標が鳴り、過去の調教音声が場内へ流れた。

王都認可の耳標は、魔獣への虐待を防ぐため、接触した声をすべて保存する。オズベルトは飾りだと思い、一度も記録を確かめていなかった。

『怖くない。今日は柵の外で食べよう』

メーヴィの声。日付が一日ずつ進み、彼女が近づく距離だけが少しずつ縮まる。

『触らないよ。あなたが鼻を寄せるまで待つ』

グリセルが低く鼻を鳴らした。

やがて別の声が割り込む。

『売れる前に私へ慣らせ。餌を抜けば言うことを聞くだろう』

オズベルトの声と、鞭の音。続いて彼自身の命令が残っていた。

『耳標の記録? そんなもの、宣誓しなければ開かん。競売場で私が押せば、所有者名だけ変わるはずだ』

まさにその宣誓を、彼は今、自分で済ませた。

グリセルは手綱を振り切り、メーヴィの前で静かに膝を折った。彼女は金の耳標ではなく、傷ついた鼻先へ手を添える。

金の耳標から所有者名が消え、代わりに《信頼対象、メーヴィ・コルカ》と浮かんだ。値段を競っていた貴族たちは札を下ろす。魔獣を従わせたのではなく、選ばれたのが誰なのか、グリセルの伏せた膝が何より明白だった。

競売官は槌を置き、牧畜庁の通知を読み上げた。

「オズベルト・ラーン。功績詐称および魔獣虐待により、調教師免許を永久剥奪する」