針穴の勅書

蒼京から届いた降伏勅書には、月の字へ小さな穴が開いていた。

書庫役の陸暁文は、灯へ透かしてそれを見つけた。紙を写すとき、下絵を留める針の跡だ。皇帝の直筆勅書に針は使わない。玉璽は本物だが、文面は城内の誰かがすり替えている。

勅書には『月の出をもって北門を開け』とある。

今夜、月は北門の正面へ上がる。開けば敵騎兵が一直線に入る。城が落ちるのは変わらない。違うのは、誰が門を売ったかだけだった。

広間には守将、敵の勅使、重臣六人がいた。暁文は末席で勅書を読み上げた。読み終えると、重臣の一人・曹伯寧がすぐ膝をついた。

「天命に従うべきです」

早すぎた。

勅使が玉璽を示す。

「疑う者は帝への反逆となる」

暁文は勅書を畳み、曹伯寧へ渡した。

「月の字を読んでください」

曹は穴に気づかず、声に出した。針穴を知る者なら、そこへ指を置くか、灯を避ける。知らないのか。あるいは知らないふりか。

暁文は燭台を曹の背後へ動かした。穴を通った光が、卓上の軍図へ落ちる。点は北門ではなく、西の古井戸を照らした。

曹の顔色が変わった。

「偶然だ」

「勅書を写した者は、紙をこの軍図へ重ねて針を打った。北門を開ける文に、西井戸を示す穴を残した。逃げ道まで敵へ売るつもりだった」

勅使が立ち上がる。

「こじつけだ」

守将は暁文を見た。

「玉璽はどうする」

「印は命令の顔です。顔が本物でも、口が他人なら斬れます」

城外で攻城槌を組む音がする。夜明けまでに正門は割られる。偽勅を暴いても援軍は来ない。助かる者が増えるわけでもない。

それでも暁文は、城が誰の手で死ぬかを決めたかった。

曹が袖から短剣を抜くより、守将の槍が早かった。刃は卓へ落ち、勅書の月の字を裂いた。

勅使は捕らえられ、玉璽は火鉢へ投げ込まれた。朱肉が焦げ、甘い臭いが広間を満たす。

守将は西井戸の軍図を指した。

「民を先に通せ。兵は正門に残る」

月が城壁から顔を出した。

北門ではなく、西井戸の石蓋を開ける命令が下った。